第4話「望むもの」






   第4話「望むもの」





 エルハムは、少年に会った時からその鋭い目線と繊細で綺麗な動きをする剣術に魅了されていたのかもしれない。


 スッと伸びた背筋、腕や足。そこから一瞬で技をくり出す動きはとてもしなやかだった。

 騎士団の稽古や剣術大会などで、いろいろな人たちを見てきたけれど、シトロンの騎士団の中で彼に敵うのはセリムぐらいだとエルハムは思った。もしかすると、セリムでも彼を倒せないかもしれない。


 そんな彼がこの国に来てくれたら、きっとみんなが彼の剣術を知りたいと思うだろう。少年を必要としてくれる人は多いはずだと思った。


 この国を知らないのならば、自分が教えていけばいい。エルハムは、自分の考えで助けた少年なのだから、その役目も自分自身でやろうと思っていた。

 そのためには、彼を自分の元へ置くのが一番の良い方法だと思ったのだ。


 エルハムの専属護衛はいなかった。

 出掛ける時は、騎士団長のセリムが面倒を見てくれたけれど、本来ならばセリムの仕事ではなかった。彼が「心配なので。」と着いてきてくれるのにエルハムが甘えていただけだった。

 セリムは団長として忙しい人だ。

 それならば、セリムと同じぐらい強い少年が傍にいてくれるのであれば、セリムの負担も減るのではないかとエルハムは思った。



 けれど、エルハムの言葉に真っ先に反対したのは、セリムだった。



 「姫様。私は反対です。」

 「セリム………。」

 「あの男は、どんな男かわかりません。それにあの強い男がこの城で悪事を働いても、止められる人がいないのですよ。」

 「でも、味方になったら心強いでしょ?」

 「ですが………。」



 セリムの正義感も正しいと、エルハムはわかっていた。けれど、「悪い人かもしれない。」という憶測だけでは何も変わらないのではないか、ともエルハムは思っていた。

 それでも、自分がどうして彼にこだわるのか。その気持ちもエルハム自身わからなかった。


 2人の会話を静かに聞いていたアオレン王が、口を開いた。



 「ここで話していても決まらないだろう。まずは少年に話しを聞いてみるのはどうかな?ここに少年を連れてくる事に、私も許可しよう。2人で話した方がいいだろうからな。セリム、すまんが部屋の外で待機しててくれないか。何かあった時は、エルハムを頼む。」

 「………かしこまりました。それでは、少年を連れて参ります。」

 「ありがとう、セリム。よろしくね。」

 「はっ。」



 セリムはアオレン王とエルハムに礼をすると、すぐに部屋を出ていった。

 すると、アオレン王はエルハムに近づき、微笑みながら優しく頭を撫でた。



 「私もあの少年に会ったが、不思議な人間だった。……きっと、おまえのいい友人になると思うよ。」

 「……お父様。ありがとうございます。私もそう思っております。」



 エルハムはホッとした表情で微笑み返すと、アオレン王は「何かあったらまた何か話しに来なさい。」と言って、エルハムの部屋から立ち去った。


 一気に静かになった部屋の中で、エルハムはゆっくりと息を吐いた。

 エルハムは、先程のセリムの言葉を思い出していた。



 「これで何かあったらどうしよう……。」



 そう思ってしまう、自分の弱い部分があるのをエルハムは知っていた。

 少年がスパイだったら?

 部屋に2人きりになった瞬間、攻撃されたら?

 そんなことを考えてしまい体が震えそうになる。


 けれど、あの日会った少年は、全く怖いとは思わなかった。

 彼の瞳は真っ黒なのに、どこか澄んでいて、星空のようにキラキラと輝いていた。

 彼はきっと大丈夫だ。

 

 それにどこか寂しそうな表情に、エルハムは少し惹かれてもいた。きっと、それはどこか自分にも似てるような気がしたのだ。

 だからこそ、体をはって守ったのかもしれない。



 「私だけでも、彼を信じないと。」



 身元の判らない少年は、シトロンの国では偏見の目で見られるだろう。

 どんな人なのかわからないと不安になってしまうのは、誰でも同じだ。けれど、本人はどんな気持ちになるか。想像しただけでも、寂しく切なくなってしまう。


 エルハムは、強く心に決めて、ベットに座りながら手を強く握りしめた。



 すると、タイミングよくドアをノックする音が聞こえた。



 「姫様。少年をお連れしました。」

 「ありがとう。どうぞ、入って。」

 「失礼します。」



 エルハムは言葉を掛けると、まず始めにセリムが入室した。騎士団の正装である青色のジャケットに白いパンツ。ボタンなどの装飾は銀色で統一された、清潔感がある服装だった。

 騎士団はシトロンの国でも人気があり、この正装の団員が町を歩くと注目の的になっていた。



 そして、その後に入ってきたのは、憮然とした様子のあの少年だった。

 真っ白のシャツとズボンに身を包んでいた。肌は白い方だが少し黄色がかっているように見えた。体を洗い綺麗になった彼の髪は、とても艶があり綺麗だった。

 そして、彼の左手にはあの時と同じように木の剣があった。



 「すみません、姫様。その剣は預かると言ったのですが、どうしても聞かないもので。」

 「いいわ。大切なものなのでしょう。ありがとう、セリム。下がってちょうだい。」

 「はい。」



 セリムは、深く礼をした後に、少年を1度見つめ、部屋を退室した。

 それで、ようやく2人きりになれた。

 

 少年は、ただこちらをまっすぐ見ているだけだった。



 「突然、呼んでごめんなさい。少しあなたとお話がしたくて。」

 「…………あんた。本当にお姫様だったんだな。あの男に姫様とか呼ばれてるから、まさかと思ったけど。」



 あの男というのは、セリムの事だろう。

 少年は、そう言うとばつが悪いのか、1度エルハムと目が合った後、すぐに視線を逸らした。


 「この小さな国シトロンの第一王女、エルハム・エルクーリよ。あなたは?」

 「タテワキ………ミツキ・タテワキ。」

 「ミツキ………聞いたことがないわ。その名前に意味はあるの?」

 「俺の国の文字では光の樹って書いてた。」

 「光の樹……素敵ね。太陽の光を浴びて大きく育ってほしいって願いがこめられてるのかしら。あなたの国の名前は、意味がしっかりとあるのね。」

 「………なんで、俺を助けた?」



 ミツキはそう言うと、エルハムが座っている大きなベットに近づいてくる。

 視線はすでにエルハムの方を向いており、部屋に入ってきた時よりも厳しいものだった。


 彼が何故その事を知りたいのか、エルハムにはわからない。けれど、エルハムは正直に思いを伝えることにした。



 「私の母親の言いつけなの。この国にいる人を笑顔にしなさいって。……ミツキは、笑ってなかった。怒ってたし、辛そうだったし……少し泣きそうだった。」

 「………………俺が、泣きそうだった?」

 「……私にはそう見えたの。」

 「俺は泣きそうなんかじゃなかった!それに、俺はこんな知らないところでも、一人で生きていける。現に、お前の国の兵士を倒したじゃないか!俺は助けてもらわなくたって、生きていけたんだ。」

 


 エルハムの言葉がいけなかったのか、ミツキは感情が高ぶっている様子だった。

 けれど、今の言葉で、彼がこの国の事を知らないのがよくわかった。



 「ねぇ、ミツキ。あなた、この町に行った事があるわよね?出会ったときに被っている布はこの国の物だったわ。」

 「……1度だけ行った。」

 「その時、あなたはシトロンの人たちに、ジロジロと見られたり、快い態度を取らなかったんじゃないかしら?」

 「っっ!」

 「………ここの国では、私証を見せないと家を借りれない。それに、あなたのような黒髪に黒目の人間はいないの。このシトロンだけじゃない。隣国の国では、ね。」

 「……………。」



 彼には思い当たる事があったのだろう。

 ミツキは小さい体を震わせて、俯いてしまった。どんなに強くても体はエルハムより小さい男の子だ。きっと年だって下だろう。

 そんな彼が何らかの理由で異国に着いて、ひとりで生きていくのは、困難だろう。


 もし、自分のがその立場だったら?と考えると、とても恐ろしいとエルハムは思った。

 だからこそ、彼を助けたい。

 笑顔にさせてあげたい。そう思った。



 それに………彼ならば自分と同じなのでは、とも思ってしまうのだ。


 


 エルハムは、ゆっくりと彼の右手を取り、両手で包んだ。ミツキは驚き、体をビクつかせたが、手を払うことはしなかった。



 「私はあなたをこの国の騎士団に入って、そして私の専属護衛になって欲しいと思ってる。」

 「っっ!何を勝手な事をっ!」

 「………あなたの望みは何?それを叶えたい。それを叶える間だけでいいわ。あなたは、ここを出ても一人で暮らすのは困難だもの。手伝わせて。そして、あなたのすばらしい剣術で騎士団となり、私たちを守ってほしいの。」

 「………………。」



 ミツキの手は、とてもゴツゴツしていた。自分よりも小さいのに、手のひらには豆が出来ていた。ミツキが、剣術を磨くために努力をしてきたのが伺えた。

 

 彼は繋がれた手を見つめ、しばらくの間考えていた。


 そして、またあのまっすぐな視線でエルハムを見た。吸い込まれそうな瞳というのは、こういう物なのだと思うほどに、ミツキの真っ黒な瞳がとても綺麗で、エルハムは目が離せなかった。



 「俺は、守りたい。……だから、強くなりたい。」



 ミツキは、言葉だけは強かったが、彼はまたあの泣きそうな顔でこちらを見つめていた。

 そして木の剣を持つ左手は、ギリギリと強く握りしめられているのを、エルハムは忘れることが出来なかった。






 


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