第3話「専属護衛」






   第3話「専属護衛」







 エルハムは夢を見ていた。

 懐かしい王女である、大好きな母の夢を。


 踊り子だった母は、躍りや歌が大好きな人だった。王女になってもそれは変わらず、人々に躍りや歌を披露しては、国の民を喜ばせ笑顔にさせていた。美しく、聡明で、気さくな母は、エルハムの自慢であり誇りだった。


 そんな母がエルハムにいつも言っていた事があった。

 それは、「国の人々を大切にしなさい。そして、あなたに合った方法で笑顔にしてあげて。」

 その言葉は母が亡くなった後も、エルハムの心にしっかりとあった。



 けれど、母のように人々を笑顔に出来る方法とは何か。

 それを考えても、エルハムにはわからなかったのだ。



 目の前の母に、エルハムは「私には何が出来るの?お母様……。」と、問いかける。

 すると、母親はいつもの優しい笑顔でエルハムに微笑みかけるのだった。

 


 「エルハム。あなたには、あなたの素晴らしさがあるわ。それを自分で見つけるのよ。」



 夢の中ではいつも同じだった。

 そんな事を言われても、わからないよ。エルハムはそう思って泣いてしまう。

 そこでいつも夢は終わる。束の間の母に会える時間。いつもあっという間だ。




 そして、目を開けると現実でも涙を溢しているのだ。

 






 今回も同じだった。

 ゆっくりと目を開けると、目尻から流れる温かい滴を感じた。

 けれど、いつもと同じなのはそれだけだった。


 エルハムが目覚めると、体に鋭い痛みを感じたのだ。



 「…………いたい………。私、何でベットに……。」



 体を少し動かしただけで、背中が痛んだ。背中の痛み。呆然としていた頭がやっと覚醒したのか、エルハムは背中の痛みの理由を思い出したのだ。


 咄嗟の事とは言え、どんな事をしたのかを考えると、自分でも驚いてしまう。武器を前に、飛び出るなど、普段のエルハムなら足がすくんでしまうのではないかと思った。現に、今思い出すだけで手が震えてきていた。


 

 「姫様っ!…お目覚めになりましたか?!」

 「……セリム……。」



 そこには、心配そうにエルハムを見つめるセリムの姿があった。男前の顔が少しやつれて見える。彼は心配して付き添ってくれたのかもしれない。


 ベージュと白を基調とした部屋。エルハムは、自分の部屋に寝かせられていたようだった。剣で斬りつけられたのは、確か国境付近のトンネルだったはずだ。

 うろ覚えの頭をフル回転させる。

 


 「………黒髪の男の子は!?」



 エルハムの前に現れた、見たこともない黒髪黒目で、剣術に長けた小さな少年。

 あの少年は無事だったのだろうか。エルハムが身を挺にして彼はこのシトロンの国へ来ているのだろうか。

 エルハムは軋むような痛みに耐えながらベットから身を起こした。


 すると、セリムは「無理はなさらないでください。」と言いながら、エルハムの体を支えてくれてのだ。



 「セリム、教えて。あの少年は?」

 「黒髪の男なら、無事だよ。」

 「お父様!」

 「王様っ!」


 

 突然部屋に入ってきたのは、エルハムは違った銀髪に恰幅の良い男だった。エルハムの実の父親でありシトロン国王アオレンだった。

 謁見終わりだったのか、青地の生地に金色の装飾や刺繍が沢山付いたマントを身に纏っていた。刺繍は、太陽とスターチスという花が描かれたエルクーリ家の紋章が施されているもので、代々受け継がれているものだった。



 「エルハム。大丈夫かい?酷い怪我をしたな………心配したぞ。」

 「お父様。………申し訳ございませんでした。」



 エルハムがベットから立ち上がろうとすると、王であるアオレンは、首を横に振ってそのままでいるように促した。



 「セリムから話は聞いた。エルハム。自分が何をしたかわかっているかな?」

 「………はい。自分の勝手な考えで人を助けて、他国であるチャロアイトの兵士や門番に迷惑を掛けてしまいました。そして、セリムや騎士団の皆様にも。」

 


 自分の立場はわかっている。

 一国の姫として、1つの言葉、1つの行動が問題になってしまう事。

 自分の勝手が、人々の迷惑になっている事。


 エルハムは理解していた。

 


 「わかっているなら何故あんなことをした。セリムは自分のせいだと言っていたが……おまえが少年を自分の判断で追ったのだろう?」

 「そうです。ですが、お父様。あの少年は弱っていましたし、この国や隣国の出身の者ではありません。自分の国でボロボロになっている人が居たのです。それ助けて何が悪いのでしょうか?」

 「………弱っていた、か。私の国の精鋭である騎士団を何人も倒してか?」

 「強い人間ならばその人は放っておいていいのですか?」

 「困っている人は他にも沢山いるだろう。目の前の人だけ助けては、差別になるとは思わないか?」

 「全ての人を助けられないからこそ、目の前人から少しずつ助けていく必要もあると思います。」



 王である父親とエルハムは、言い合いになってしまう。数人の使用人とセリムは、心配そうにやり取りを見つめていた。

 確かに勝手に城下町に行ったり、森に散歩に行ったするのは迷惑を掛けているかもしれない。

 けれど、エルハムは今回の事は悪いことをしたと思えなかった。

 彼は体や衣服がボロボロになるまで、さ迷っていたはずだ。そんな人を放っておけるわけはなかった。確か彼は強かった。けれど、途中でフラフラになるぐらいに疲れはてていたのだ。

 それをエルハムは知っていた。


 他にも助ける方法があったのかもしれない。けれど、あの時はああするしか方法がないと思っていたのだ。


 エルハムが強い視線で父親が見つめる。いつもは優しい 王もエルハムをキッ睨む。

 けれど、最初にため息をついたのは、父親であるアオレン王だった。



 「………わかったよ、エルハム。君がしたことは正しい。困っている人に手を差しのべないエルクーリ家の者はいない。姫として立派な事だ。」

 「お父様!」

 「でも、自分を犠牲にしようとするのは止めなさい。」

 「………はい。申し訳ありません。」

 


 父ならわかってくれる。

 その気持ちが通じたのか、アオレン王はエルハムの行いを咎めることを止めた。エルハムのした事自体はアオレン王も正しい行いだと理解していたのだろう。



 「だが………王女が生きていたら、エルハムと同じことをしていただろうな。」

 「……お父様。ありがとうございます。」



 母のようになりたい。

 そう願っているエルハムにとって、父親の言葉はとても心に響く嬉しい言葉だった。

 非難され怒られると思っていた。

 けれど、自分のやって事を父はわかってくれていた。そして母親に少しは近付いたのだろうか。そう思えて、思わず涙ぐんでしまったのだった。




 「さて、あの少年だが。やはり、国籍を示す私証を持っていないし、住んでいた国の名前も実在しないものだった。」

 


 私証。それは自分がいつどこで生まれ、誰から生まれたのかが示されている紙の事だった。この国だけではなく、隣国でもそれを常に持ち歩かなければいけない義務になっている。

 それを持っていない事は紛失した意外はあり得なかった。紛失した場合は再発行に大金がかかることもあり、人々は大切にしているのだ。



 「そんな……彼は一体何者なのでしょう。」

 「それはわからぬ。とりあえず、少年を保護するために、チャロアイトには私の客人だと言っておき、詫びの手紙を送っておいたので、大丈夫だろう。」

 「ありがとうございます。私からも傷を負った兵士や、私を傷つけた兵士には、お手紙をお書きします。」

 「それがいいだろう。処罰はしないでくれと伝えてもおいた。」



 隣国の姫を傷つけたとすれば、何らかの罪になる恐れがあった。けれど、兵士はただ不審に入国する人を排除しようと仕事をしただけなのだ。自分を傷つけた事で、罰を受けたり、気にしたりしていないか心配だったエルハムは、父の話を聞いて安心した。



 「ありがとうございます。お父様、今からその少年に会いたいのですが。こちらに呼んでもよろしいでしょうか?」

 「姫様!?それは、危険です。それに自室に呼ぶというのは、白で働く人間でも選ばれ者だけです。他の者たちが混乱してしまいます。」


 

 セリムが話す事は最もな話だった。

 けれど、エルハムには考えがあった。

 そのために少年と話をする必要があるのだ。



 「あの少年に、私の専属護衛にしたいと思っています。」




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