第37話「囚われの身」






   第37話「囚われの身」





 エルハムは部屋で着替えをした後、すぐに地下室に向かい、ミツキに会いに行こうとした。

 けれど、地下に向かう階段では、騎士団員が警備をしており、エルハムを入れてくれなかった。

 何度もお願いしたが、「今はお連れする事は出来ません。王の命令です。」と、言われてしまうのだ。

 エルハムは諦めて部屋に戻ろうとすると、今度はまたアオレンに呼ばれた。

 どうしてチャロアイトに行ったのか、話しが聞きたいとの事だった。


 エルハムはすぐアオレンの元に戻ると、アオレン王の他にセリムと数人の騎士団員が待っていた。

 物々しい雰囲気が部屋を支配しており、エルハムは自分も疑われているように感じるほどだった。


 エルハムは、出来る限り詳しく最近の出来事について話した。

 城下町の本屋の店主から、ミツキの世界を何かで見たと言っていた事。そして、それを思い出して教えに来てくれた事。その本がチャロアイトの図書館にある事がわかり、エルハムはセイの提案で変装してチャロアイトの図書館に行っていた事を話したのだ。


 エルハムの話しを聞いた彼らは、驚き呆れるかと思っていた。けれど、彼らすでにこの話しをしているようで、互いに目を配らせていた。



 「ミツキが話している事と全く同じだな。」

 「ですから、本当の事なのです。」

 「それは、わかっている。けれど、エルハム………一国の姫がこの状況で一人他国へ渡ることがどれほど危険で、周りのものに迷惑を掛けているか、わからないわけではないな。」

 「それは………十分にわかっているつもりです。ですが、私はミツキに自分が居た世界の事を知る権利があると思うのです。突然この国に来た理由が知ったら、ミツキの心も安心するはずです。………私証を持たない彼が行けないのであれば私が行くしかなかったのです。」

 「………他のものに相談すればよかったではないか。」

 「お父様に相談すれば、行ってもいいと言いましたか?」

 「………今は言わんな。」

 「………だからです。」



 エルハムは、まっすぐとアオレン王を見据えて堂々と自分の気持ちを王に伝えた。

 今、やらなきゃいけないと思った時に実行しなければ、出来なくなることもある。

 それを、エルハムは痛いほどわかっていたのだ。

 母親を失った時のように。もっと早くに噂は嘘だと伝えていれば、母が死ぬことはなかったのではないか。

 そんな風に思い続けていたエルハムは、待っている事など、出来なかった。


 そんな気持ちをアオレン王は察した様子で、小さく息を吐いた。



 「おまえは一国の姫なんだ。おまえがいなくなれば騎士団全員に迷惑がかかるんだ。そして、皆が心配する………。」

 「…………それもわかっております。けれど、私は私の気持ちのままに動きました。今でも、自分がやった事が間違いだと思っていません。」

 「エルハムっ!」

 「………姫だから心配なのですか?一国に住む人間誰であっても私は同じだと思います。………ミツキだって、シトロン国の住民です。私は、今、ミツキが心配です。」



 エルハムは、そうアオレンに言うとそのままカツカツと足音を響かせてアオレンの部屋から出た。後ろから、アオレン王やセリムの声が聞こえて来たけれど、エルハムは無視をした。



 エルハムは、自室に戻り使用人に「もう寝るので今日は食事も何もいらない。」と伝え人払いをした。

 ベットに横になりながら、エルハムはミツキに何度も謝罪していた。



 「私が軽率だったわ。ミツキの優しさに甘えてしまっていたのだわ。」



 エルハムは枕に顔を埋めたまま呟き、自分の行いを反省した。

 セリムが、ミツキを密偵だと疑っている事も知っていた。そうなると、城の中や国の人々でも、彼を疑っている人間はいるという事だろう。それなのに、ミツキをチャロアイトの入り口まで来させてしまったのだ。

 そして、密偵だと思われてもおかしくない状況を作りだしてしまった。


 けれど、ミツキの部屋にあったという偽造された手紙。彼の綺麗な字を見たことがあるのであれば、あれが偽物だとわかるだろう。

 けれど、ミツキを詳しく知らない人物にとっては徹底的な証拠になるはずだ。

 

 この話しは城内部の人間には広まっているだろう。そして、口止めしてあったとしても、国の人々に伝わるのは時間の問題だった。



 「また、偽の噂が広まってしまう………こんなの、昔と同じじゃない。」



 エルハムは顔をあげて、棚の上に置いてあるティアラを見つめた。

 母が残した大切な宝物。



 「お母様………私はどうすればいいのでしょうか?」



 エルハムは、助けを求めるようにそのティアラに向かって言葉を投げ掛けた。

 けれど、ティアラは宝石をキラリと光らせるだけで、答えなどくれるはずがなかった。






 ミツキが捕らえられたその日。

 エルハムはベットの中で考えているうちに、うとうとと寝てしまっていた。



 緊張しながらのチャロアイトへ侵入、図書館での強い視線、そしてミツキの密偵疑いで捕らえられた事などで、精神的にも体力的にも疲れていたのだろう。

 エルハムは朝までぐっすり寝てしまっていた。


 久しぶりに母の夢を見た。

 けれど、いつもの夢ではなく、優しくて気高く、エルハムが憧れていた母は笑顔でこちらを見て微笑んでいたのだ。

 「お母様!」と呼んでも、手を伸ばしても、言葉を掛けてくれる事も触れる事も出来なかった。


 けれど、大好きな母の笑顔を見て、エルハムは少しだけ心が安らんだ気がしていた。








 トントンッ。

 朝のいつもの時間。

 部屋を扉を叩く音が響いた。

 エルハムは、ボーッとした頭でその音を聞いていたけど、すぐに飛び起きた。

 この時間にエルハムを起こしに来るのはミツキだった。

 もしかして………!そんな思いが頭をよぎったのだ。


 エルハムは駆け出し、よろけながら扉に駆け寄り勢いよく扉を開けた。

 すると、驚いた顔のセリムが居た。



 「あぁ………セリム………。おはよう。」

 「………おはようございます、エルハム様。今日からあなた様の専属護衛として身の回りの仕事をさせていただきます。」

 「え…………。」



 エルハムは、セリムの言葉を聞いて呆気にとられた顔で彼を見つめた。

 ミツキの任せていた専属護衛の任務。

 こちらの世界に来てすぐに彼にお願いした仕事。あれからずっとミツキはこなしてくれていた。

 それを他の人が代わりをする。

 エルハムはそれが許せなかった。

 ミツキが出来なくなったわけでもないのだなら。



 「………専属護衛はミツキです。他の方に任せるつもりはないわ。」

 「エルハム様、これは決定事項です。」



 セリムはエルハムの言葉を気にする事もなく、勝手に部屋の入り窓のカーテンを開けていく。

 エルハムは、セリムを近づき彼の腕を触れて止めた。



 「セリム。話を聞いて。私はまだミツキに専属護衛でいてほしいの。」



 セリムならばわかってくれる。

 ずっと一緒に居た彼ならば、自分の気持ちが伝わっている。



 「………エルハム様はミツキを愛していらっしゃいますよね?」

 「え…………。」



 エルハムは彼に何と言われたのか一瞬理解出来ずに固まってしまった。

 そんな様子を見て、セリムはいつもとは違った影のある微笑みを見せたのだ。



 「エルハム様を幼い頃から見ているのです。エルハム様の気持ちはすぐにわかります。」

 「………何でそんな事を急に……。」



 エルハムは自分の顔が赤くなるのを感じながら、焦って言葉を出した。けれど、セリムはきにした様子もなく微笑みながら、エルハムが掴んだ手を反対の手で掴んだ。

 いつもと様子が違うセリムを見て、エルハムは後退りをしてしまう。けれど、手が繋がれているために1歩以上離れられなかった。



 「エルハム様、よく考えてください。ミツキをずっと捕らえておけば、ミツキが元の世界に戻る事はないのです。別れに怯えることなく、毎日彼に会う事が出来るのですよ。」

 「セリム………あなた、何を言っているの?」



 エルハムは、彼が掴んでいる手を離そうとするが、セリムはそれを許してはくれなかった。



 「良い考えだと思いませんか?エルハム様がミツキといつまでも一緒に居られるのですよ。」

 「………あなたに好きな人はいないの?その人が捕らえらながら生きて、それでセリムは嬉しいの?」


 

 エルハムは震える声で、そうセリムに訴えた。


 いつもは優しいセリム。

 エルハムの事を思い、親切にしてくれて、国のために誠心誠意尽くしてくれる、年上として尊敬できる彼。そんなセリムからの言葉とは思えないもので、エルハムは驚き、ショックを受けていた。



 「………私は愛しい人とずっと一緒に居たいと思います。それがどんな方法であっても。」

 「……セリム、そんなのおかいしわ。」

 「私が愛しているのは、あなた様です。エルハム様………。」

 「………えっ………。」



 セリムの告白と共に、エルハムは彼に抱きしめられていた。

 彼の鍛えられた体で強く抱き締められる。とても熱くて、鼓動も早くなっているのがわかった。

 以前約束を交わした時の抱擁とは全く違う。甘い熱を帯びたものだとエルハムは気づいた。



 「エルハム様も気づいていらっしゃいましたよね……私の気持ちを。」

 「そんな事は………。」

 「知らなかったのならば、今からずっとお伝えします。昔からあなた様をお慕いしておりました。愛しているのです、エルハム様。」

 「セリム………お願い、落ち着いて。離してっ………。」

 「私から逃げないでくださいっ!」

 「やめて、セリムっ!………あっ………。」



 エルハムは必死なって想いを伝えようとするセリムの様子が恐ろしく感じてしまい、彼の腕の中で激しく体を動かした。

 いつもの冷静で優しい彼ならば、こんな風に話をすることなどありえないのを、エルハムは知っている。

 だからこそ、知らない彼の姿が怖かった。


 そして、暴れた体を動かし無理に後ろに逃げたため、バランスを崩してしまったのだ。


 倒れる!と思い、目を瞑ったけれど、衝撃を感じる事はなかった。


 その代わり、ふわりとしたベットの感触を背中で感じた。

 そして、目の前には綺麗な星のようなオレンジ色の瞳で見つめるセリムの顔があった。


 エルハムはセリムのベットに押し倒され、そして深くキスをされている事にようやく気づいて目を大きく開いたのだった。


 


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