第36話「疑い」
第36話「疑い」
「ねぇ……ミツキ?どこなの……。」
エルハムは伝記の入ったバックを強く抱き締めたまま、うろうろと薄暗い森の中を歩き回った。
足元はぬかるんでおり歩きにくい。
エルハムは何度も転びそうになりながらも、彼の姿を探した。
馬車の車輪や馬の足跡が多く残った場所があった。そこが、ミツキが馬車を止めて待っていた所だとすぐにわかった。
けれど、馬車はそこから移動した形跡があった。
そして、その周りには沢山の人の足跡があったのだ。
それを見つけて、エルハムはハッとした。これがチャロアイトで感じた鋭い視線の人だったら。そして、それがコメットだったら。
考え付いた瞬間、エルハムは今来たばかりの道を戻ろうと急いだ。
「………ミツキ………。」
エルハムは彼の名前を呼びながらトンネルに向かい、チャロアイトに戻ろうとしたのだ。
もしコメットに襲撃されて捕まってしまったのだとしたら、彼らの拠点であるチャロアイトに居るはずだと思ったのだ。
エルハムの勘違いかもしれない。
彼がエルハムの行動に怒って、一人で帰ってしまったのかもしれない。エルハムは一瞬その考えも頭に浮かんだものの、すぐに「それはない。」と、候補からすぐに消した。
ミツキはそんな事をする人ではなかった。
それは、エルハムが1番わかっていた。
幼い頃から強気で賢くて、何でもこなせるミツキ。だけど、本当は少し怖がりで、努力家で、優しいのをエルハムは知っていた。
エルハムの専属護衛として、仕事以上に心配して見守ってくれていた彼が、他国に行ったエルハムを置いていくなどありえないのだ。
エルハムは、浅い呼吸を繰り返しながら、雨が降りしきりる中、山道を走った。
ぼんやりと光るトンネルが見えてきた頃だった。
「エルハム様!」
自分の名前を呼ばれて、エルハムは咄嗟に振り返ってしまった。
今はセイの服を着た町娘なのに。
そして、彼は「エルハム様」とは呼ばないとわかっているのに。
すがるような思いで、その声がする方を見つめた。
騎士団の青い正装に、腰には細長い剣。
エルハムは、一瞬ハッとして、胸がドキンッと鳴った。
けれど、そこにいたのは金髪の男で、ミツキではなかった。整った顔が、雨に濡れていたけれど、エルハムを見つけた瞬間、安心したようで綻んだ。
「セリム………。」
「エルハム様………心配致しました。どこに行ったのかと探し回っていたのです。けれど、こちら側に居てくださってよかったです。」
「………心配かけてしまってごめんなさい。私は大丈夫です。」
「大分濡れてしまっていますね。………体もこんなに冷えてしまっていて……。早く城へ戻りましょう。」
セリムはエルハムの右手を取って優しく握りしめてくれる。セリムも雨に濡れて冷えきっていた。
隠れるようにして城を出て、セリムに心配を掛けてしまったのは申し訳ないと思っていた。
けれど、今、城に帰るわけにはいかなかった。
ミツキがいなくなってしまったのだ。探さなければいけない。
「セリム……、私はまだ帰れないの。一緒に居たミツキがいなくなってしまったの!セリムも一緒に探してくれない?」
「エルハム様………最後まで彼を信じようとされているのですね。」
「………え………。セリム、それはどういう事なの?」
セリムはエルハムを哀れんだ目で見つめながらそう言ったのだ。
けれど、エルハムには彼が言った事の意味がわからなかった。けれど、直感的に理解した事もあった。
これは悪い話だという事だ。
「落ち着いて聞いてください。」
「……………。」
「ミツキが密偵の疑いがありシトロン国に捕らえられました。」
その言葉は雨音に消されるほどの音量だったが、エルハムには不思議とはっきりと聞こえたのだった。
「お父様っ!これはどういう事ですか!?」
エルハムはセリムが乗っていた馬に乗せられ、急いでシトロンの国へと戻った。
セリムや使用人達に止められてけれど、エルハムは無視をして、濡れた体のままで父であるアオレン王の自室まで向かった。
エルハムが乗り込んでくるとわかっていたのだろう。ノックのせずに突然入ったエルハムを見ても驚いた様子はなかった。
ソファに座っていたアオレンはエルハムを見て安堵の表情を見せた。
「エルハム。無事に戻ったようだな。………安心した。」
「お父様。何故、ミツキが捕まらなくてはないらいのですか?」
「エルハム、落ち着きなさい。」
「落ち着いてられません!」
エルハムは声を荒げてアオレンに詰め寄った。アオレンは娘の剣幕に押され言葉を詰まらせた。
けれど、1度咳払いをした後に、アオレンはいつものように堂々した態度で話しを始めた。
「今日の朝早くにおまえとミツキが変装をして城から出てったのをセリムが見つけ、私に報告をしに来たのだ。2人は他の騎士団に見守らせて、ミツキの部屋を調べることにしたんだ。」
「な、なんでそんな事!」
「………エルハム様をコメットがいるチャロアイトに連れていこうとする人間は密偵以外に考えられなかったのですよ。」
アオレン王の代わりに説明したのは後ろに控えていたセリムだった。
セリムは怒った表情で淡々と話しをしていた。いつものセリムとは雰囲気が違い、エルハムは少し怖さを感じてしまった。
「それには理由があって……。」
「そうかもしれませんが、私共はそれを知らなかったのです。だから、調べさせて貰ったんです。」
エルハムの言葉を最後まで聞かずに話しを進めるセリムは、騎士団の正装の内ポケットから何かを取り出してアオレンに渡した。
確かに、チャロアイトの図書館に行く事は、エルハムとミツキだけの秘密にしていた事だ。
2人でチャロアイトに向かうことは確かに怪しく見えたかもしれない。
けれど、理由も聞かずに部屋を捜索するのはやりすぎのように感じてしまった。
「だからと言って部屋に勝手入るなど……。ミツキを見るならば、私の部屋も見たのですか?」
「エルハム、お前は自国の姫だ。おまえが密偵のはずがないだろう。それとも、おまえが密偵なのか?」
「そんな事は………。」
アオレンは大きく息を吐いた後、エルハムに近づきセリムから受け取った紙をエルハムに渡した。
「ミツキの部屋から、これが出てきた。」
「………これは………。」
アオレンから受け取った紙を見て、エルハムは驚いた。そこにはミツキに宛てた手紙と、ミツキが書いたと思われるものがあった。
『次の朝方にチャロアイトにエルハム姫を連れてこい。作戦は打ち合わせ通り。成功すれば報酬ははずむ。』
『次の朝方は難しい。日程は追って連絡する。』
そう書かれていたのだ。
エルハムは絶句しながらも、ある事にすぐに気づいた。
「こ、これはミツキの字ではありません!彼の文字を教えたのは私ですからすぐにわかります。」
送られた手紙についてはわからない。
けれど、ミツキが書いたであろう手紙の文字はミツキのものとは全く違うものだった。
彼に幼い頃からこちらの世界の文字を教えていたのはエルハムだ。誰よりもわかると思った。
けれど、アオレンは首を横に振った。
「エルハムよ……。おまえの言っている事は本当だろう。だけれど、こういう物が出てきてしまった場合、最悪の事態を考えて行動しなければならない。ミツキの事は、チャロアイト国国王にも国に出入りしていた形跡があるのか聞いているところだ。………真実がわかるまで、ミツキには地下の牢屋に居てもらう。………我娘ならば、それが最善だとわかってくれるな。」
自分の父であるアオレンに子どものように優しく説得されたけれど、エルハムは納得出来るはずがなかった。
エルハムは無言のまま、その場から離れてアオレン王の部屋から出ていった。
「ミツキが密偵なんて嘘よ。」
エルハムは、真っ白になった頭で、廊下で立ち尽くしながら、そう呟きその場でお守りを握りしめた。
エルハムの体も、そしてお守りも、冷たく冷えきっていた。
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