第17話「初めての気持ち」
第17話「初めての気持ち」
セイの事件があってから、城の中も町の様子も変わってきた。
平和だと思っていたシトロンの国で、姫であるエルハムと専属騎士が襲われたのだ。
人々が不安になるのも無理はなかった。
王妃を殺した犯人と同じ組織というのは伏せられたけれど、セイも命を狙われていたという事はアオレン王からシトロンの人々に話をされた。そして、しばらくの間は騎士団員の城下町の見回りを多くすると決めたのだった。
そして、エルハム暗殺が失敗に終わったセイは、コメットに狙われる可能性があるとして、城の中で匿われる事になった。それは城の一部の人間しかしらない機密事項となっていた。
エルハムの公務や外出はしばらく出来なくなってしまい、エルハムは城で過ごす時間が長くなっていた。
そのため、ミツキの騎士団の仕事や訓練などがない時、エルハムはミツキからにニホンゴを教えてもらう事が多くなった。
この日も、エルハムは城の中を歩き回り、ミツキを探していた。この時は、エルハムは休憩中なので見張りはいなかった。けれど、城の周囲には厳重な警戒体制がとられているため、少しの間離れる事は城の中では多かったのだ。
「ねぇ。ミツキを見かけなかったかしら?」
と、すれ違う使用人達に聞いて回っていたけれどなかなか彼を見つけられずにいた。
そんな中、一人の使用人に「エルハム様とミツキさんは、本当に仲がよろしいですね。」と言われたのだ。
エルハムは、その事が嬉しくて妙に浮き出しだっていた。確かに一緒にいる時間が昔のように多くなって、仲良くなったようにエルハムも思えていた。それに、前日の約束で、エルハムとミツキが2人きりの時は、ミツキは丁寧な言葉を使わないで、素の話し方をするようになった。それから更に距離は近くなったと思えていたのだ。
そんな事を考え、ついニコニコして廊下を歩いしまっていた。何故、こんなにも嬉しいのかわからないけれど、自分が笑顔になれた事はよかったと思っていた。
セイの事件とコメットの奇襲。
それにより、エルハムの心はどん底に落とされそうになっていた。それを救ってくれたのは、一番近くに居てくれたミツキだと、エルハムはわかっていた。
彼には感謝してもしきれないぐらいの恩が沢山あるのだ。
「………それにしても、ミツキいないわね。どこに行ったのかしら。」
そんな事を一人呟いていると、どこからか誰かの喋り声が聞こえた。その声がミツキだとわかると、エルハムはそちらの方へと向かった。
すると、倉庫のドアの前でミツキを見つけた。思わず駆け寄ろうと思ったけれど、ミツキは彼と同じぐらいの若い使用人と楽しそうに何か話していた。
そして、ミツキは小さな紙の袋を大切そうに持っていたのだ。
「…………。」
エルハムは、彼の笑い顔を見て、胸がキリッと痛み、そして、晴れていた気持ちが一気に雲っていくのがわかり顔をしかめた。
「…………私の前じゃなくても笑うのね………。」
ポロリと口からでた、本音の言葉。
その言葉に自分でも驚いたエルハムは、両手で口元を押さえて、顔を真っ赤にした。
自分は何を思っているのだろう。
城の人達や騎士団員、街の人達と会うときはいつも仏頂面で怖がられていたミツキ。自分だけに笑うと知り、彼に「他の人と話すときも笑えばいいのに。」と言ったのは自分だ。それなのに、何故彼を独占するような言葉がこぼれ落ちてしまったのか。エルハムは、頭が混乱した。
ミツキは「笑いたい時に、笑うだけです。」とあの日言った。
それは、今あの使用人の女の子と話している時も笑顔になるぐらいに楽しいのだ。
今まで感じた事のない、ぐじゃぐじゃとした感情と目の前の見たくない光景から逃げるように、エルハムはミツキ達に背を向けて走った。
ミツキが他の人と仲良くなるのは良いことなのだ。
笑顔を見せれるようになったのも、彼にとってはプラスになら事なのだ。
そう言い聞かせても、エルハムは胸のモヤモヤが晴れることはないまま急いで部屋に戻った。
けれど、しばらくしたらミツキが探しに来るであろうエルハムの部屋には居座る事ができず、すぐに部屋を出たのだった。
今、ミツキに会ってはいけない。そんな気がした。
エルハムが逃げるように向かった先は、ある部屋の前だった。その部屋の前には、2人の護衛が剣を持って立っていた。
そして、エルハムがそちらに向かってくるのがわかると、深く頭を下げた。
「騎士団の皆さん、護衛ありがとうございます。また、ここにお邪魔したいので、少し離れたところに居てください。」
「かしこまりました、エルハム様。何か変わったことがありましたら、すぐにお知らせください。」
「わかりました。」
エルハムが返事をすると、2人はそれぞれ廊下の別の方向へ向かい、声が聞こえるか聞こえないかの距離で立ち止まり、また剣を取ってその場に立ち周りを確認していた。
エルハムはそれを見てから、エルハムの部屋よりも大分小さなドアを小さくノックした。
「……セイ。起きているかしら?体調はいかが?」
「……………。」
「今日もお邪魔するわね。」
「……………。」
部屋からは何の返事も聞こえない。
それはいつもの事だった。
エルハムは部屋の前に座り、ドアに背中を預けた。
これもいつもの事だった。
「セイ………この間、セリムに頼んで届けて貰ったセイの裁縫セットと糸や布は見てくれたかしら?」
少し前に、セイの青果店兼自宅を警備してくれている騎士団長であるセリムに、セイの家から裁縫道具を持ってきて貰えるようにお願いをした。新しいものをプレゼントしようとも思ったけれど、慣れ親しんだ物の方が彼女も使いやすいかと思ったのだ。それと共に自分が使っていた布や糸などを、彼女の部屋の前に置いた。
使用人によると、食事を置きに来た時には無くなっていたようなので、きっとセイが扉を開けて受け取ってくれたのだろうとエルハムは思っていた。
セイはあの事件以来部屋から出ようともしなかった。鍵は開いているので、開ければ入れるのだが、返事がないというのはセイが自分を入れるのを迷っているのだと、エルハムは思っていた。
自分の両親を殺され、脅されて自国の姫を殺そうとしたのだ。精神的にも弱ってしまうだろうし、周りの世界が怖くもなるだろう。そして、自分が殺そうとした相手が来たとなると、会うのも躊躇われるのだろう。
しかし、エルハムは彼女を放ってはおけなかった。彼女がこのまま自分の殻に閉じ籠り、そのまま笑わずに過ごす事になったら、エルハムも悲しいのだ。友達だと思っていた大切な人だ。助けたかった。
けれど、無理に扉を開けて貰おうとしなかった。彼女が自分から扉を開けて招き入れてくれるまで待つつもりだったのだ。
それでも彼女と関わりを持ちたい。それで考えたのが、ドア越しに話をするという事だった。
エルハムは時間を見つけてはセイの部屋の前を訪れて、ドアの前に座り込んではお話しをしたり、自分のお気に入りの本を読んで聞かせた。それに、ミツキに聞いたニホンの話したりしていた。いずれも、エルハムの一方通行であり、ただエルハムがしゃべり続けているだけで彼女からの返事はないのだ。
けれど、それを止めてと言われないのだから、セイは嫌がってはいないのだろう。と、エルハムは前向きに捉えてそれを続けていた。
「今日はね、ここで私も刺繍をしようと思ってるの。デザインは考えてあるのよ。セリムはね、今シトロンの町の人達が安心して暮らせるように、毎日頑張ってくれてるの。もちろん、騎士団の皆なんだけど、夜中まで何かしているみたいで、部屋の灯りが灯っているのを何回も見ているの。……それなのに、朝起きるのは私より早いのよ。だから、彼に何かお礼をしたくって。男の人は刺繍したものなんて嫌いかしら?」
「………………。」
「でも、気持ちが大切よね。」
そう言いながら、エルハムはハンカチサイズの布に糸を通した針を刺していく。針が布を刺す音、糸が通る音、そしてエルハムの呼吸だけが聞こえる静かな空間。
先ほどまでモヤモヤとしていた気持ちも、この集中する時だけは忘れられた。
部屋からは物音一つしない。セイは寝てしまっているのだろうか。
それとも、エルハムと同じように刺繍をしているのか。………泣いているのか。
エルハムにはわかなかったけれど、出来るだけ彼女と一緒の時間を共有したいと思ったのだ。
ほんの少しだけでいいから、楽しいと思って欲しい。未来で楽しみを作りながら生きて欲しい。
また、笑顔で「エルハム様。」と呼んで、何でもない話しをして欲しい。
エルハムは、ミツキの次に彼女を信じる事にしたのだ。
彼女がまた、笑顔を見せて煉瓦道が美しい城下町で暮らす未来を信じて待っている事にした。
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