第14話「嘘の噂」
第14話「嘘の噂」
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それはエルハムとミツキが出会う、6年も前の事だった。
当時エルハムは10歳。そして、セリムが15歳の頃だった。
シトロンの国は平和だった。
アオレン王は優しく温厚で、皆をまとめる力があり、ティティー王妃は歌や躍りで国の人達を笑顔にしていた。
活気があり、人々も笑顔だった。事件らしい事件はほとんど起こらない。
そんな日が続いている中、エルハムはすくすくと育った。
「セリム、早く来てちょうだい。早くセイのお店に行きましょう。」
「お待ちください、エルハム様!」
エルハムはピンク色のドレスを身に纏い、シトロンの城下町を駆けていた。人々も「あら、姫様!お気をつけて。」「今日も可愛らしいわね。」と、エルハムを微笑ましく見ながら挨拶をしてくれていた。エルハムの後を走っているのは、セリムだった。セリムは15歳になり、やっと騎士団長に入れる事が出来たのだ。真新しい青い正装という格好で、エルハムの後を追っていた。
もちろんエルハム姫を子ども一人で護衛をするわけではなく、騎士団長員が数人引率している。けれど、何事も起こらないだろうと、ピリピリとした空気はなく、穏やかに見守っているだけだった。
この日は、母であるティティー王妃に頼まれて青果店までお使いをしていた。
お気に入りのカゴバックを持って、煉瓦道を駆ける。エルハムはどうしてそんなに急いでいるのか。お使いで城の外に出れる事も嬉しいが、1番の楽しみがあるのだ。
「セイー!ごきげんよう。」
「あ、エルハム様、ごきげんよう。」
エルハムが挨拶をしたのは、青果店の一人娘であるセイだった。セイはエルハムと同年代のため、エルハムは彼女とおしゃべりをするのが楽しみだったのだ。
「セイ、この間の刺繍はどこまで進んだのかしら?」
「はい。もう完成しました。今日のお洋服の裾の部分でしたので………。」
「まぁ!可愛い。セイは本当に刺繍が上手ね。私もこの青いお花をやってみたいわ。」
エルハムはセイの足元にしゃがみこんで、セイが施した刺繍を見つめて、目を輝かせていた。セイは裁縫が得意であったので、エルハムは彼女に教えてもらうのが最近の日課だった。
「エルハムさま……先に走っていかれては危ないですっ!」
「あら、セリム。遅かったわね。」
「エルハム様が早すぎるのです。ドレスなのに颯爽と人混みを掻き分けて行かれるので……。」
呼吸を荒くしながらセリムは、なんとか言葉を発していた。エルハムを見守りながら、重い防具を付けて走っていたのだ。無理もない。
「セリム様。騎士団に入団されたのですね。おめでとうございます。」
「ありがとう、セイ。これからも、シトロン国と姫様を守っていけるよう務めていくよ。」
セリムは誇らしげに微笑むと、セイも嬉しそうに「頑張ってください。」と声援を贈っていた。
騎士団に入団するのはとても名誉な事であり、国の人々から注目の的になるのだ。だが、セリムは小さな頃から勝手に騎士団の活動に入り込んでは、修業をしたいと行って稽古を無理矢理つけてもらっていたのだ。
それを城の者も城下町の人々も知っているので、「やっと入団出来たのか。」と、自分の子どものように喜んでいたのだ。
そんな世間話に花を咲かせていた時だった。
遠くからジロジロとこちらを見る人たちが居た。エルハムはそれを不思議に思いながら見つめた。
いつもならば、「エルハム姫様、こんにちは。」などと挨拶をしてくれる人ばかりだ。それなのに、今日は笑顔もなく、むしろ怪訝そうにエルハムを見ては何かを話しているのだ。
「………。」
「エルハム様、そして騎士団の皆様。少しよろしいですか?」
そう言って声をかけてくれたのは、セイと同じ赤髪で、少しふっくらとした体型の女性だった。セイの母親だ。
セイの母は、セイに店番を頼むとエルハムとセリム、そして数人の騎士団長を店の奥へと案内した。
「おば様。どうしたの?何か相談事かしら?」
「…………少し話しにくいお話なのですが……。城の人達に聞いてもらいたい事があるのです。」
セイの母親は心苦しそうに顔をしかめながら、小声で話しをしてくれた。
それは、エルハムにも騎士団員にとっても驚愕の話だった。
「実は数日前から妙な噂が流れているのです。ティティー王妃様が、自分勝手に物を買い、国のお金で豪遊している、と。そして、その……姫様の前では言わない方が良いのかもと思ったんですが……、夜になると遊び歩いてると。」
「…………そ、そんな事っ!お母様は贅沢なんかしないわ。むしろ、質素に生活しているぐらいなのに……。」
セイの母から出た言葉は、信じられない話だった。真実とは全く違う噂が流れている。それが許せなく、エルハムはつい大きな声を上げてしまう。
そんなエルハムをなだめるように、セイの母は頷き、エルハムに優しく微笑みかけた。
「えぇ……私たちもそれは存じております。だからこそ、噂に驚いていまして。私たちも信じてはいません。けれど、噂がすごいスピードで広まっていて、王室を悪く言う人もいるんです。ですから、エルハム様。十分に気をつけてください。誰がエルハム様に危害を加えるかわかりませんから。」
エルハムはセイの母親の話しと忠告を聞きながら、手を強く握りしめた。大好きな母の、嘘の噂が流れているのだ。頭の中は怒りでいっぱいになっていた。
エルハムの母、ティティーはとても質素な生活をしていた。自分でドレスを買う事はなく、歴代の王妃が使っていた物や、国の人々からの贈り物しか着ていなかった。食事も元々食が細い事や「太ったら綺麗に踊れないから。」と言って、あまり食べない人だった。夜は、セイの勉強を見てくれたり、自分の仕事をこなすので忙しそうだった。そんな母が遊び歩くなどありえなかった。
エルハムは、先ほど噂をしていた人の所へ行って、母の噂は嘘だと伝えたかった。
けれど、隣にいたセリムが、エルハムの手を優しく握ってくれたのだ。
それが、エルハムが強く握りしめていたからなのか、何をしようと思っていたのかわかって止めたのか、どちらなのかはわからなかった。
けれど、セリムの少しひんやりとした手の感触で、エルハムは少し冷静になる事が出来た。
「おば様。お話ししてくださって、ありがとうございます。私からアオレン王に報告して詳しい事を調べてみたいと思います。言いにくい話しをしてくださって、ありがとうございます。」
エルハムは辛い気持ちを隠しながら、セリムの母にお礼を言った。すると、セリムの母は「いいえ。エルハム様もお心をしっかりと。信じている人達は沢山います。」と言ってくれた。
エルハムは、お使いで買った果物をセイから受け取って店を後にした。
城から出て青果店に向かう時は、町がキラキラと輝き、とても明るく見えた。
けれど、帰り道は全く違った。
エルハムを遠くから見る、鋭い視線と怪訝そうな表情が気になり、そして、町全体がとても暗い雰囲気に包まれているように感じられた。
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