第47話 大好きな川原悠真くんへ
――とまあ、そんな感じで。
うちのクラスのバレンタインは幕を閉じたのだが。
個人的にはもうひとつ、ちょっとしたサプライズがあった。
当日の放課後。
帰宅しようとしていた俺は、ドキリと胸を高鳴らせた。
下駄箱のなかに、きれいに包装された箱が入っていたのだ。
あきらかに、本命チョコのオーラである。
実際、リボンにメッセージカードが挟まれており――
大好きな川原悠真くんへ
あなたのことを想いながら、一生懸命作りました
受けとっていただけるとうれしいです
――と、書かれていた。
ただし忘れたのか、わざとなのか、署名はなかった。
まったく動揺しなかったといえばうそになる。
が、すぐに相手の察しがつき、俺は靴を履き替え、校舎を出た。
そこでスマホを取り出し、通話をかけた。
『はい、もしもし』
その相手――えりりはすぐに出てくれた。
「もしもし、いまなにしてる?」
『ちょうど帰ってきて、着替えているところです」
「……変なタイミングで悪い」
『いえいえ、せっかくなので写真を送りましょうか?』
「送らなくていい」
そんなデータを所持していたら、お天道様の下を歩けなくなるわ。
まあしかし、家にいるようでよかった。
学校に忍び込んでいる可能性も、ほんのちょっとだけ考えたからな。
『それで、どうしました? お魚くわえたどら猫を、裸足で追いかけている主婦でも見ましたか?』
「そんな陽気なものは見てないわ」
『じゃあ、なんでしょう?』
「とりあえずお礼を言いたくて」
『お礼?』
「チョコ、ありがとな」
『…………チョコ? なんのことですか?』
いかにも心当たりがない、といった感じの口調だった。
まあ、気持ちはわかる。
我ながら速攻で見破ってしまったからな。
素直に認めるのが悔しいのだろう。
「なんのことって、バレンタインに決まってるじゃん」
『……でも、チョコは昨日一緒に作ったじゃないですか』
「その上で、さらにべつのものを用意してくれたんだろ?」
『…………』
「下駄箱に入れてくれたのは、三浦さんか? 長峰さんか?」
『……………………陽那さんですよ』
小さなため息を挟み、えりりは観念したように認めた。
俺は珍しく勝者の気分を味わう。
昨日さんざん驚かされた借りを返した気分だ。
『でも、なんでわたしだとわかったんですか?』
「初歩的なことだよ、エリソンくん」
俺はニヤリと笑って、華麗な推理を披露する。
「俺にこんなものをくれるのは、世界でえりりくらいだからな」
『……なるほど。すべての不可能を消去して、最後に残ったものがいかに奇妙なことであっても、それが真実となる――ってやつですね』
あ、そのかっこいい台詞、俺が引用したかった。
『もっとも、わたしはべつに不可能だとは思ってませんけどね。悠真さんはとても素敵な人なので』
「残念ながら、そう思っているのも世界でえりりくらいだよ」
『本当にそうなら、わたしにとっては好都合ですけどね』
と、えりりはくすりと笑った。
『あ、ちなみになんですけど、それ、食べたりはしてませんよね?』
「いや、まだ開けてもない」
『ならよかったです。絶対に食べちゃダメですよ?』
「なんでだよ」
えりりの手作りなら絶対にうまいし、ちょうど小腹も空いていたので、いますぐ食べたいくらいだった。
『今回はその、恥ずかしながら、味の保証ができないので……』
「へえ、珍しいな」
『初めて作ったもので、あんまり自信がないんです』
「まあ、だとしても、ありがたく食べさせてもらうよ」
『……本当ですか?』
「ああ」
『でもそれ……中身は手編みのニット帽ですよ?』
「――ニット帽かよっ!?」
通話状態のまま包装を剥がして、中身を確認する。
「……本当にニット帽じゃん」
『はい。おなかを壊してもいいなら、どうぞ召し上がってください』
「召し上がるか!」
『個人的には食べるより、かぶるほうがおすすめですね』
「そうさせてもらうよ!」
思わず声を荒らげる俺に、えりりは勝ち誇るように笑った。
『ふふふ、バレンタインだからといって、贈り物をチョコと決めつけるのは早計でしたね』
「……ああ、一本とられたわ」
俺は潔く敗北を認め、ニット帽をかぶってみる。
「……ありがとな。あったかくて、かぶり心地もばっちしだ」
『あ、さっそくかぶってくれたんですか?』
「ああ。このまま帰らせてもらうよ」
『ふふ、寄り道せずに、まっすぐ帰ってきてくださいね』
「はいよ」
通話を終えて、スマホをしまう。
俺は軽やかな足取りで、家路についた。
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