第15話 新学期

 およそ四十日。

 一年でもっとも長い休暇も、過ぎてしまえばあっという間だ。

 夏休みもついに終わってしまい、今日から新学期である。


 そんなわけで、ふつうならとても憂鬱な朝なのだが――


「あ、悠真さん、おはようございます」


 よくも悪くも、今年はそんな気分にならずにすみそうだ。

 説明しよう。

 目を覚ましたらすぐ隣に、麗千の制服を着たえりりがいた。意味わかんねえ。


「……なにしてんの?」


 一瞬で眠気は吹き飛び、俺はベッドで向き合ったままジト目で訊ねた。


「もちろん悠真さんを起こしにきました」


 うざいくらいのいい笑顔で、えりりはぬけぬけと答える。


「あれ、おかしいな。だったらどうしてえりりも寝ているのかな?」

「出来心です。てへ」

「てへじゃねえ!」


 ガバッと起き上がって怒鳴りつける。


「人が寝ているベッドに入るとか、頭おかしいのか?」

「正常ですよ。好きな人の隣で寝たいと思うのは、ごく自然なことでしょう?」

「だからって無断で実行するのはダメだろ」

「え……?」


 目をぱちくりさせるえりり。


「なに驚いてんだよ。当たり前だろ。てゆーか、着替えるから出てけよ」

「お手伝いします」

「いらん。いい加減にしないと泣かすぞ」

「……悠真さん、最近わたしに冷たいですよね」


 しょんぼりするえりり。


「おまえがベタベタしてくるからだろ」


 告白の一件以降、えりりは露骨にスキンシップを求めてくるようになった。

 一緒にでかければ必ず手をつなごうとしてくるし、宿題をやっていても後ろから抱きついてきたりする。

 前ならまだ無邪気なもんだと思えるけれど、えりりの好意を知ってしまったいまではどうにもやりづらい。


「むぅ、そうはおっしゃいますが悠真さん。わたし、これでもかなり遠慮してるんですよ?」

「どこがだよ」

「だって、その気になれば、キスで起こすこともできるんですから」

「……いや、まあ、そうだけど」

「それを我慢してるんですから、むしろ褒めてもらいたいくらいです」

「じゃあおまえは、痴漢を我慢している人を偉いと思うのか?」

「エロいとは思います」

「うるせえ」


 誰がうまいこと言えと言った。いやたいしてうまくもねえし。


「というか、わたしと痴漢を同列に語るのはさすがに失礼じゃありませんか? わたしにあるのは情欲ではなく愛情です」

「だったら相手がイヤがることはするな」

「あはは、ですよねー」


 一転、えりりはあっさりと自分の非を認めた。


「すみません。朝からはしゃぎすぎました。お詫びというわけじゃないですが、今日の朝ご飯はいつもよりちょっとがんばったので許してください」

「……ああ」

「では、失礼しましたー」


 一礼して、えりりは部屋を出ていった。

 ……くそ、引き際を心得ているな。

 朝食のフォローもあるし、これじゃあもう怒れない。

 甘えるのがうまいというか、ぎりぎりのラインをわかっている。

 悔しいけど、この対人スキルは俺も見習いたいものだ。


 ちなみに朝食はアジの開き、味噌汁、のり、漬け物と純和風だった。朝からけっこういける俺としては、申し分ないメニューで超うまかった。

 おかげで気分よく新学期を迎えることができた。

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