第30話 えりり師匠に逆らってはいけない

「えっと、それじゃあこれからクリスマスケーキを作っていくわけなんですが、そのまえに、確認しておきたいことがあります」


 三浦さんと長峰さんの前で、えりりは真面目なトーンで告げた。


「まず、三浦さん。あなたはわたしの弟子になりたいそうですね?」

「あ、うん! できたら師匠って呼ばせてほしい!」

「そうですか。まあ、わたしもまだまだ未熟者なので、弟子をとるのは気後れしてしまうのですが……あなたに覚悟があるのなら、考えてあげてもいいですよ」

「覚悟?」

「わたしの指導方法にケチをつけないということです。反抗的な態度をとったり、師匠の許可なく余計なことをしたり……まあとにかく、師匠の気分を著しく害するようなことをしたら、その時点で破門させていただきます」

「なるほど……」


 三浦さんはうなずき、えりりに訊ねる。


「つまり、師匠のものにちょっかいかけるなってことだね?」

「……バカなわりに、察しは悪くないようですね」

「陽那って動物みたいなところがあるからね。バカなときと鋭いときの差が激しいんだよ」

「えー、ふたりともそんな褒めないでよ。照れるじゃん」


 と言って、三浦さんはえへへとはにかむ。


「……やっぱり、敵にまわすのは怖い存在ですね」

「うん、それはあるよね」


 えりりのつぶやきに、長峰さんはくすりと笑った。

 俺に言わせれば、このふたりのほうが怖いと思うが……。

 もちろん口に出したりはしなかった。


 あと、三浦さんが言った『師匠のもの』というのは、いったいなにを指しているんだろうな……。

 いやー、ぜんぜんわからん。

 ほんとさっぱりだわ。

 答えを知ってもしょうがないと思うので、考えないことにしよう、そうしよう。


「で、三浦さん。わたしに服従することを誓いますか?」

「はい、誓います! 師匠に従い、師匠のご期待に応えられるようがんばりますので、どうかご指導よろしくお願いします!」

「ん、いいでしょう」


 元気よく答える三浦さんに、えりりは満足げにうなずいた。

 女子小学生に女子高生が服従を誓うという、世にも珍しい光景だった。


 いや、まあ、うん……。

 なんにしても、打ち解けてくれてよかったわ。

 俺が願っていた方向性とはだいぶ違うけれど……きっかけなんてなんでもいい。服従から始まる友情があってもいいじゃないか。果たしてそれが本当に友情なのか議論の余地はあるが、すくなくともそう思うことは自由だ。


「では、ケーキ作りにあたって、最初の指示を出したいと思います」

「はい! お願いします!」

「とりあえず、着替えてきてください」

「え……着替え?」


 三浦さんがきょとんと小首をかしげる。


「汚れてもいいように? エプロンつければよくない?」

「よくないです」

「陽那だけじゃなくて、私も?」

「はい。できれば長峰さんにも着替えていただきたいです。ダサいジャージとか、野暮ったい格好がいいですね」

「あっ、そのほうがケーキが甘くなるの?」

「そんなわけないでしょう」


 三浦さんのバカな答えを、えりりはジト目で一蹴した。


 傍らで聞いていて、俺もなんでだろうと考えてみる。

 …………いや、わかんないな。

 衛生面の問題ってわけでもなさそうだし。

 でも、なにか意味があるはずなので、興味を持って見守る。


「えぇー……じゃあ、なにゆえ?」

「いまのおふたりの格好は、うちの悠真の教育上よくないからです」


 え……俺?

 まったく予想していなかった流れ弾に、盛大に目を瞬かせた。


「あー、そういうことか」

「え、どういうこと?」


 長峰さんは納得して、三浦さんは頭上にクエスチョンマークを浮かべる。まことに不本意だが、俺も三浦さん側の状態だった。


「この格好だと、えりりちゃん的にあんまり愉快じゃないってことだよね?」

「まあ、そういうことです」


 苦笑する長峰さんに、えりりはやや悔しそうにうなずいた。


「……おふたりの私服姿に、うちの悠真がすくなからずときめいていたようなので」


 ――ちょっ、えりりさん!?

 いきなりなにを言い出すの!?


「え、そうなの川原くん?」


 と、三浦さんがこちらを見る。


「いや、べつに、そんなことは……」

「三浦さんのおみ足と、長峰さんの胸に、見惚れていましたね」


 ――えりりさああああああんんっ!?

 それは暴露しちゃダメなやつでしょ!

 つーかバレてたのかよ!?

 つくづく、エーリッリ・ホームズの観察力は厄介だな!


「え、そうなの川原くん……?」


 と、三浦さんが顔を赤らめて一歩下がる。

 いや、頼むから引かないでくれ!

 泣きたくなるし、今後教室にいづらくなるから!


「というわけで、うちの悠真を惑わせないよう、刺激がすくない格好に着替えてきてください」


 動揺しすぎて言い訳すらできずにいると、えりりがあらためて言った。


「う、うん……わかったよ師匠」

「私も、陽那にテキトーな服を借りるね」


 三浦さんは恥ずかしそうにうなずき、長峰さんはくすくす笑いながら承知する。

 ふたりはリビングを出て、おそらく三浦さんの部屋に向かった。


「ん? どうしました悠真さん? なんだか目が死んでいますが」

「……だとしたら、殺したのはおまえだよ」

「なるほど。犯人は名探偵エーリッリ・ホームズでしたか。これにはユマソンくんもびっくりですね」

「それな……」

「まあでも、おふたりに目を奪われたことについては、これで不問にしてあげます」


 そう言って、えりりはにっこりと微笑んだ。


 ――そもそもなんで裁かれなきゃいけないの?

 ――べつにちょっと見るくらいいいじゃん。


 なんて思わなくもなかったが……。

 よこしまなことをいっさい考えなかったと言えばうそになるし、なによりこの場で揉めたら家でも教室でも人権を失いかねないので……。


「……寛大な処置に感謝します」


 愚かな反論はせず、俺は深々と頭を下げた。

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