第50話 特別な日常

「えりり」

「師匠」

「えりりちゃん」


「「「お誕生日、おめでとうっ!」」」


 パンパンパン!

 と、音が出るだけのクラッカーを鳴らして。

 俺と三浦さんと長峰さんは、パチパチパチパチと拍手をした。

 女子ふたりと台詞を合わせるのはいささか照れくさかったけど、めでたい日なので致し方ない。


 本日は、四月一日。

 世間的にはエイプリルフールというやつだが。

 俺たちにとっては、もっともっと特別な日。


 えりりの誕生日である。


 場所は我が家のリビングで、時刻は正午過ぎ。

 テーブルには俺が買ってきたバースデーパーティーにふさわしい総菜の数々と、三浦さんと長峰さんが作った誕生日ケーキが置かれている。


「えへへ、ありがとうございますっ。愛する悠真さんと、陽那さんと千絵さんにお祝いしていただき、本当にとってもとってもうれしいです!」


 と、えりりはとびきりの笑顔でお礼を言った。


「で、これが誕生日プレゼント!」

「こっちは私から」

「わっ、ありがとうございますっ」


 三浦さんと長峰さんがこじゃれた紙袋を差し出すと、えりりは目を輝かせて受け取った。


「出してみてもいいですか?」

「もちろん!」


 三浦さんから許可をもらい、えりりはそれぞれの中身を取り出す。


「あっ、すごいっ、素敵ですっ」


 三浦さんのプレゼントは、石鹸とハンドクリーム。

 長峰さんのプレゼントは、化粧水と乳液だった。

 どちらも女子力がある感じで、言うまでもなくえりりは喜んだ。


「社交辞令とかじゃなくて、これは本当にうれしいやつですっ」

「よかったー。師匠にそう言ってもらえて、あたしもうれしいよ」

「そうだねー。あ、でも私のほうは、もし肌に合わなかったら、無理に使わないでいいからね」

「お気遣いありがとうございます。ちょうどこういうの使ってみたいと思っていたので、いろいろ教えていただけるとうれしいです」


 いかにも女子っぽい話題に花を咲かせる三人。

 ひとしきり盛り上がり、区切りがついたところで、


「じゃあ、そろそろ真打ちの川原くんにも、プレゼントを渡していただきましょうか」


 と、三浦さんがこちらに振ってきた。

 真打ちとか、ハードルをあげるのはやめていただきたいが……。

 俺は照れながらプレゼントを渡した。


「ありがとうございますっ。開けてもいいですか?」

「どうぞ」


 律儀に確認してくるえりりに、俺は手を差し出して言った。


「――あっ、すごくかわいいですっ」


 えりりがうれしそうに、プレゼントを広げてくれる。

 その笑顔を見て……正直めちゃくちゃ安心した。


 俺が選んだのは、水玉のパジャマだった。


「おおー、たしかにかわいいっ。川原くんのくせに!」

「うん、ほんとにいいよ。やるじゃん、川原くん」


 幸いにも、JKふたりからもそう言ってもらえた。

 よかった……。

 勇気を出して店員さんにお願いして、アドバイスをもらいまくった甲斐があったな……。


「でも、なんでパジャマ?」

「たしかに。誕生日プレゼントとしてはちょっと珍しいよね」

「わたしも気になります」


 三浦さん、長峰さん、えりりがこちらを見つめてくる。

 俺は非常に照れくさくて、言い訳するように答えた。


「いや、俺もかなり悩んだんだけど……ちょっと前に、えりりがうちに泊まりたい的なことを言って、普段はなしだけどまあ誕生日くらいはいいかなって思って、だったらパジャマとかいいんじゃないかなーと思って……」


「「「…………」」」


 三人はなぜか、虚を突かれたように沈黙した。

 そして。

 長峰さんが真顔で口を開く。


「陽那、通報」

「うん、わかった」

「――ちょっ、待って! 待ってください!」


 三浦さんが本当にスマホを出したので、俺は慌てて制止した。

 長峰さんは冷たい口調で言う。


「なに? 釈明なら刑務所でしてくれる?」

「有罪判決くらったあとじゃん!」


 せめて法廷でさせてくれ!

 いや、そもそもなんで通報されなきゃいけないんだ!


「だって川原くん。それってつまり『俺が選んだパジャマを着て、俺の部屋に泊まれ』ってことでしょ?」

「うーん、川原くん。これはちょっと情状酌量がないやつだよ」


 長峰検事と三浦陪審員が、俺に思い切りジト目を向けた。


「いや、べつに変な意図はねえよ! まじで! 泊まったとしても、きわめて健全なやつだから!」

「そうですよ、おふたりとも」


 俺が大声で反論すると、えりりが助け船を出してくれた。


「悠真さんはわたしに対して、不健全なことはしません」

「えりり!」


 さすが!

 ずっと一緒にいるだけあって、ちゃんと俺のことをわかってくれてるんだな!


「だって、結婚を前提に愛し合っている男女ですからね。愛を育むのはとても健全なことです」


 いや、ぜんぜんわかってくれてなかったわ!


「あー、それは一理あるかも」

「うん、ごめんねえりりちゃん。余計なお世話だったね」


 ふたりも納得すんな!


「わたしも小学校を卒業して、今日で十二歳ですからね。もう女の子という年齢ではないですし、おとなの階段をのぼる覚悟はできています」

「いや、まだ中学生にもなってない十二歳はばりばり女の子だわ」

「なるほど。それで、悠真さんがわたしを女にしてくれると?」

「……そういう話をするなら、俺はもう自分の部屋に引きこもるぞ」

「ん……そうですね。たしかにちょっと、デリカシーに欠ける発言でした」


 えりりは「すみません」と謝り、三浦さんと長峰さんにあらためて言った。


「とまあご覧のように、悠真さんはとても紳士であり、わたしのことをすごく大切に考えてくださっています。なので、ご心配には及びませんよ」

「うん、そうみたいだね。川原くんが師匠のことを大好きなのはよくわかった」

「それに、すごくへたれっぽいのもね」


 言い方にちょっと引っかかるものはあったが、容疑が晴れたみたいでとりあえずよかった。


「なんにしても悠真さん、本当にありがとうございます。今日はこちらのパジャマを着させていただきますので、一緒のベッドで眠りましょうね?」

「一緒のベッドでは寝ねえよ」


 さらっとおかしなことを言うな。


「えぇー、健全に寝るだけならいいじゃないですか」

「よくない。単純に狭くて寝にくいし」

「む……でしたら、うちの親にダブルベッドを買ってもらって、それを悠真さんの部屋に置くというのはどうでしょう? 誕生日プレゼントならワンチャンあると思うので」

「ねえよ。俺も里紗さんも秒で却下するわ」


 値段的にも部屋のスペース的にも、ハードルが高すぎて検討の余地すらない。


「てか、早く食べようぜ。腹減ったし」


 これ以上この話を引っ張りたくなかったので、やや強引に変えさせてもらう。


「……まあ、そうですね。せっかくのお料理が冷めてもなんですし、この件はペンディングにしておきましょう」


 えりりが同意してくれ、四人で「いただきます」と手を合わせた。

 俺と三浦さんはさっそく近くにあった料理に手をつけて、えりりと長峰さんは小皿を手にした。


「えりりちゃん、どれ食べたい? こっちにあるのとってあげる」

「ありがとうございます。千絵さんもほしいものがあったら言ってください」

「…………」

「…………」


 おとなびた気遣いを見せるふたりに対し、俺と三浦さんは無言でもぐもぐしていた。からあげをのみこんだあと、三浦さんが気まずそうに言う。


「やばいよ、川原くん……。あたしたち女子力足りてないかも」

「俺はべつに女子力とかいらないけど……いまのはちょっと恥ずかしかったな」


 育ちの差を見せつけられた思いだ……。


「悠真さん、サラダも食べたほうがいいですよ」

「陽那も。お肉ばっか食べないの」

「「……はい」」


 ふたりにさとされて、俺と三浦さんははむはむとサラダを食べた。

 ただ、幸いにも注意されたのはそれくらいで、そこからはマナーよりも楽しさ優先とばかりに、にぎやかな食事を楽しんだ。


 デザートにはもちろん手作りのケーキをいただく。

 まだまだえりりの域には達してないが、期待以上においしかった。

 えりりも三浦さんと長峰さんを褒めていた。


 食休みをしてからは、長峰さんが持ってきてくれたボードゲームで遊んだ。

 ちょうど買ったばかりのものらしく、全員未経験のゲームだった。

 で、結果だけ言ってしまうと……。


 一位、えりり。

 二位、長峰さん。

 三位、三浦さん。

 四位、俺。


 ……ということになってしまった。

 心理戦が重要なゲームだったので、えりりと長峰さんに負けるのはしょうがないと思うけど、三浦さんに負けたのはかなり悔しかった……。


「悠真さんをボコボコにできるゲームを見つけてしまいましたね」


 と、えりりはイタズラっぽい笑みを浮かべた。





 で。

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい……。

 名残惜しみつつも、日が暮れてきたところで誕生日会はお開きとなる。


「またね師匠。ついでに川原くんも」

「ありがとね、えりりちゃん。すごく楽しかったよ」

「こちらこそ、今日は本当にありがとうございました」


 と挨拶を交わして、三浦さんと長峰さんは帰っていった。

 しばし休憩して、七時過ぎから夜の部のお祝いが始まる。

 川原家と大江家での夕食会だ。


 母親の発言に俺がイラッとしたり、里紗さんの発言にえりりがキレたりしたものの、トータルではえりりが楽しそうにしていたので、まあ、よかったんじゃないかと思う。


 そして。

 その食事会のあと、いったんえりりは帰宅して……。

 入浴や歯磨きなどをすませ、またうちにやってきた。


 えりりははにかみながら、俺にパジャマ姿を見せびらかす。


「……どうですか? 似合ってますか?」

「ああ、いいと思うよ」


 お世辞じゃなくて、たいへんかわいらしかった。

 我ながらいいパジャマを選んだと思うが、まあ、べつに俺の手柄ではないだろう。

 えりりくらい器量があれば、たいていのものは似合うからな。

 ちなみに、誕生日会をやっているあいだにちゃんと一度洗って、乾燥機で乾かしてから着ているのが、なんともしっかりしたえりりらしい。


「えへへ、ありがとうございます」

「でも、ちょっと大きすぎたか……?」


 成長期であることを考慮して、ちょっと大きめにしといたほうがいいかなと思ったんだけど、手がほとんど隠れるくらい袖が余ってしまっている。せめてもうワンサイズ、下にしておけばよかったかもしれない。


「いえ、ゆったりとした着心地になるので、個人的にはぜんぜんいいですよ。それに、大事に長く着ていきたいので、成長を見据えてくれたのは、個人的にもナイスな判断だったと思います」

「ならよかった」


 ほっとして、それぞれ横になった。

 大晦日のときと同じく、えりりにベッドを譲り、俺は床に敷いた布団である。

 とはいえ、すぐに眠るわけではなく、えりりが話を振ってきた。


「すごく濃密で幸せな一日でしたけど、終わってみればあっという間でしたね」

「たしかにな」

「こうしてお泊まりできてよかったです。家でひとりで寝ていたら、なんだかさびしくなっていたと思います」

「あー、わかる。そういうのってあるよな」


 楽しすぎた時間のあとの、あのなんとも言えない感じ。


「では、悠真さん。眠くなるまで、なにかおもしろい話でもしてください」

「……そういう振りにきちんと応えられるほど、おもしろい話のストックはないよ」

「大丈夫です。悠真さんのお話でしたら、わたしはなんでもおもしろく聞けるので」


 まあ、そこまで言うなら……。

 俺はテキトーに話してみる。


「……このまえ、外を歩いていたら、犬の散歩をしている人がいてな」

「ほうほう」

「で、その犬、サモエドっていうシベリアの犬種らしくて、めっちゃきれいな毛並みだったんだよ」

「なるほど。それはさぞかし、尾も白かったんでしょうね」

「…………」

「それで悠真さん、そこからどういうドラマが展開され、どういうオチが待っているんでしょう?」

「…………」


 俺はわざとらしくあくびをした。


「ふわあ……眠くなってきたし、そろそろ電気消すか」

「いえ、まだぜんぜんですよ。早く続きを話してください」

「……すみません、勘弁してください……」


 残念ながら、俺にそこまでのアドリブ力はない……。

 早々に音を上げると、えりりはくすりと笑って告げる。


「サモエドは白いしっぽを振り、悠真さんは白い旗を振るんですね」

「ああ、そう。それが言いたかった」

「……人のうまいやつに平気で相乗りしてきますね」

「失敬な。この車は最初から俺が目をつけてたんだよ」

「白々しいことを言わないでください」

「あ、その車も俺のだから」

「……ぜんぶ強奪していくじゃないですか」

「白い目で見るのはやめろ」


 えりりに乗っかる形で、こちらも『白』を軸に切り返していく。


「俺はなんも悪いことしてねえし」

「今度はしらを切ってきましたね」

「人聞きが悪い。実勢俺はシロなんだよ」

「いいえ、あなたはクロです。いつかその罪、白日のもとにさらしてあげます」

「そうはいかない。こっちにはホワイトハウスの後ろ盾があるからな」

「くっ、でしたらこっちも、ドクターホワイトに白羽の矢を立てましょう」

「そんなもん、俺の白血球で返り討ちにしてやるぜ」

「……それはさすがに苦しくないですか?」

「……うちの学年に、白井さんって人がいたっけな」

「そんなこと言ったら、麗千には白石先生がいましたよ」

「よし、べつの話をしようか」

「ですね」


 そこから寝具の可能性についてあれこれ議論を交わし、ほどよいところで消灯する。

 日付が変わる直前、えりりはポツリとこう言った。


「……あと、四年ですね」


 なんのことかは、訊くまでもない。

 俺は苦笑まじりに答えた。


「……そのときどうなってるか、ぜんぜんわかんないけどな」

「そうですか? わたしがいまよりもっと悠真さんのことを好きになっていて、悠真さんがわたしにベタ惚れしているのは、たしかなことだと思いますよ。悠真さん予報でもラブラブ率百パーセントって言ってます」

「……誰がそんな予報をしてんだよ」

「悠真さん研究でおなじみの、オーエー大学のエリリン教授です」

「そいつ、まだ学会から追放されてなかったのか……」


 もっと世界がよくなる研究をしろ。


「逆に言うと、それ以外のことはどうなっているかわからないですけど……毎年、今日のような誕生日を迎えられたらいいなと思います」

「まあ、それについては、同感だな」


 本当に。心からそう思った。


「おやすみなさい、悠真さん」

「ああ、おやすみ」


 こうして、一年でもっとも特別な一日が終わり。

 これからもえりりとの日常が続くことを願いながら、俺はあたたかな気持ちで眠りについた。

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えりりと俺~五年後を見据えたお嫁さん計画~ 暁雪 @akatsukiyuki

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