第39話 チョコレート(課金アイテム)
「なあ、たとえばなんだけどさ、獲物が運よく目の前に転がり込んでくるまでじっと待っているだけの消極的なハンターと、武器を持って勇敢に獲物を狩りにいく積極的なハンター、どっちのほうがカッコイイと思う?」
なんの変哲もない、二月中旬の平日。
昼休みに教室で、いつもの三人で弁当を食べていると、向かいにいる涼平が真剣な顔でなんかよくわからんことを訊いてきた。
「うーん、そういう作為的な言い方をされたら、やっぱり武器を持って狩りにいくほうがカッコイイって思うかな」
と、信二が生真面目に答えた。
「なるほど。悠真はどう思う?」
「まあ、成果を得たほうじゃないか? いくら勇敢でも獲物ゼロじゃ情けないし、逆に待っているだけでも罠とか使って効率よく獲物を手に入れたら、知性派っぽいカッコよさがあるだろ」
「ふむ、一理あるな。たしかにオレも過程より、結果のほうが大事だと思う」
「つーかなんの話だ?」
「FPSの戦い方についてとか?」
俺と信二が訊ねると、涼平は決め顔で答えた。
「――バレンタインの話に決まってるだろ」
いや、ぜんぜん決まってねえし。
こいつはいきなりなにを言ってるんだ?
と、俺は若干イラッとしたが……。
そういえば、今日は二月十三日か。
つまり明日はバレンタインデーというやつだった。
「えっと、要するに……涼平ハンターは、獲物であるチョコを、どうやって手に入れようか考えているってこと?」
「まあ、だいたいそんな感じだ」
信二のまとめに、涼平は偉そうにうなずいた。
「で、言い方から察するに、積極的に狩りにいこうと思ってるんだね」
「おう。これまでの経験からして、ただ待っていても成果は得られねえことはわかってるからな。かといって、罠の作り方とかわかんねえし。だから自分から、チョコをもらいに行こうと思ってる」
こいつ、すごいこと言うな……。
「えー、自分から要求するって、図々しくない?」
信二がまっとうなツッコミを入れる。
「まあ、たしかにそうなんだが……オレには秘策があるんだよ」
「秘策って?」
「金を払う」
こいつ、本当にすごいこと言うな……。
それのどこが秘策なんだよ。
プライドもなにもねえじゃねえか……。
「ソシャゲに課金しても目当てのものが出るとは限らねえが、リアルに課金すれば、チョコくらいゲットできるんじゃねえかって思ったんだ」
まぎれもなくクズの発想だが……。
一理あると思ってしまった。
たしかに最高レアを引くよりは可能性が高いかもしれない。
ただ、義理ですらないそのチョコは、いったいなんと呼べばいいんだろうな……。
どんなに甘いやつでも、精神的にはビターだろ……。
「おまえ……本当にそれでいいのか?」
「もちろんオレも悩んださ」
俺の問いかけに、涼平は覚悟を決めた男の顔で答えた。
「けど、成果を得たほうがカッコイイと、悠真は言ってくれたよな? だからオレは、勇敢に獲物を狩りにいく」
「…………」
いや、なんか俺が励ましたみたいになってるけど、べつにそんなつもりで言ったわけじゃないからな?
金を払ってチョコをもらう男は、どう言い繕ってもかっこわるいだろ。
つーかそれはハンターとは言えないと思う……。
「というわけで、いまから行ってくる」
「まじか」
「まじだ。オレの勇姿、しっかりと見届けてくれ」
食い終わった弁当箱にフタをして、涼平は席を立った。
空になったペットボトルをごみ箱に捨て、いったん自分の席に戻り、弁当箱をカバンのなかにしまう。
その様子を見ながら、俺は信二に言う。
「……なあ、止めてやったほうがあいつのためなんじゃないか?」
「えー、おもしろそうだから放っておこうよ」
「……信二って基本いいやつだけど、意外と黒いよな」
「そういう悠真は冷たそうに見えても、意外と優しいよね」
「……アホ。ほんとに優しかったらちゃんと止めてるよ」
「そうかもね。まあでも、べつに法にふれるわけでもないんだし、本人の意思にまかせようよ。下手に止めると、あとで文句を言われるかもしれないし」
「あー、たしかに」
――おまえらが止めてなければ、オレはチョコをもらえていたんだぞ!
とか言ってくる姿が容易に想像でき、俺も静観することにした。
涼平が女子のグループにゆっくりと近づいていく。
そこには三浦さんや長峰さんを始め、クラスの中枢を担う女子たちがいた。
昼食を食べながら、楽しそうに語らっている。
俺にはライオンの群――もとい、女神のランチ会に見えた。
おいおい、まじであそこにアタックするのか……?
下界の男子が、むやみに近づいていいところじゃないだろ……。
会話を邪魔するのは不敬にあたり、下手したら教室を追放されるぞ……。
――だが。
涼平は、声をかけた。
「あの、お食事中すいません」
女子たちは会話を止めて、不逞の輩に視線をやる。
なかには『は? なにこいつ?』といった表情をしているものもおり、俺は見ているだけで心臓が痛かった。
ただ、逆に人当たりがいい、下界のものにもお声をかけてくださる優しい女神さまもいる。
その筆頭である三浦さんが対応した。
「ん? なに? どした?」
「あー、えーと、実はですね、みなさんに折り入ってお願いがありまして」
「ほうほう。まあ、とりあえず聞いてあげましょう」
三浦さんにうながされ、涼平はポケットから財布を取り出した。
そして、おずおずと千円札を差し出す。
「こちらを献上いたしますので、明日オレに、チョコを恵んでくださいませんか?」
「え……?」
「お願いします! どんなチョコでもかまいませんので! どうか! なにとぞ! よろしくお願いします!」
…………すげえ…………。
あいつ、ほんとに言ったよ。
心の底からバカだと思うが……。
その勇気だけは、認めてやってもいい気がした。
ただ、
『……………………………………………………』
沈黙が、重い……。
涼平の蛮行とも言える懇願に、教室内がしんと静まりかえる。
さしもの三浦さんでさえ、目を丸くして絶句していた。
あの三浦さんを黙らせるって、ちょっと尋常じゃないことだぞ……。
そんな耐えがたい空気から教室を救ってくれたのは、
「本当に、どんなチョコでもいいの?」
我がクラスの影のボスこと、長峰さんだった。
「――はい! チョコとして食べられるものであれば、なんでもかまいません!」
涼平はたちまち笑顔になって言い募る。
「チロルチョコでもブラックサンダーでも大歓迎です! もちろん、差額はどうぞお納めください!」
「ふうん、なんでそんなにほしいの?」
「高校時代にかわいい女子からチョコをもらったことがあるという、思い出と実績がほしいからです!」
よく堂々とそんなことを言えるな……。
正直ならいいってものでもないと思うが……。
しかし意外にも、
「なるほどねー」
長峰さんはニヤリとして、哀れな人間に慈悲を与えた。
「まあ、そこまで言うなら、なにかしら用意してあげる」
「――本当ですか!?」
「ただし、絶対に文句を言わないこと」
「神に誓って言いません!」
「あと、千円だともらいすぎて悪いから、百円でいいよ」
「あなたが神でしたか! ありがとうございます!」
涼平は感激のあまり泣きそうな顔になり、深々と頭を垂れた。
「ついでに、ほかの男子のリクエストも受けつけてあげる。ノークレームを誓える人で、ひとり百円ね」
長峰さんの呼びかけに、教室内の男子たちがざわめき出す。
いやいや、ふつうの男子にはプライドってものがある。
いくらなんでも、涼平以外にそんなものを頼むやつは――
「ぜひお願いします!」
「おれも!」
「ありがとうございます長峰さま!」
「今年はチョコゼロに怯えなくていいんだ!」
「バレンタイン最高!」
エサに群がる鯉のような勢いで、希望者が次々と挙手していた。
うちの男子って、バカばっかりだったんだな……。
「えー、千絵、ほんとにそんなことするのー?」
と、女子のひとりが顔をしかめる。
「うん。どんなものでもいいなら、そんな手間でもないしね。クラスの女子を代表して、私と陽那でテキトーにやるよ」
「……あー、そっか、わかった」
長峰さんが朗らかに言うと、女子はなにかを察したように引き下がった。
長峰さんにまかせておけば間違いない、という信頼があるからだろう。
「……千絵、なんか悪いこと考えてるでしょう?」
と、今度は三浦さんがジト目を向ける。
「そんなことないよ。人聞き悪いこと言わないで」
「まあ、おもしろそうだからいいけどね」
やはり信頼があるからか、三浦さんもあっさり引き下がった。
「じゃあ、ほしい人はここに並んで。あ、ちなみにうちのクラス限定ね。さすがにほかのクラスのぶんまでは用意できないから」
ちょうど食事を終えたところだったようで、長峰さんは教壇に立って指示を出す。
男子たちは素直に列を作り、ひとりずつ百円を支払ったのち、ルーズリーフに名前を書いていた。
「せっかくだし、オレも頼んでみようかな」
と、信二まで立ち上がる。
「まじか」
「うん。チョコそのものにはあんま興味ないけど、百円でこのビッグウェーブに乗れるなら安いものでしょ」
「まあ、それはたしかに……」
「悠真はどうする?」
「あー、そうだなぁ……」
せっかくなので、真剣に検討してみる。
信二の言うとおり、お祭り感覚で参加しておくのも悪くない。
長峰さんや三浦さんがどんなチョコを用意するのか気になるし、まったくほしくないと言えばうそになる……。
だが、けっきょく首を横に振った。
「……俺はやめとく」
たとえどんなものであろうと、自分からチョコをもらいにいったら、誰かさんに怒られるのは目に見えているからな。
チョコのために晩飯を抜きにされたら、割りに合わない。
「そう。じゃあ、ちょっと並んでくるよ」
「ああ」
それでけっきょく……。
うちのクラスの男子は俺以外全員申し込み……。
この流れを作った涼平は、男子たちから英雄と称えられた。
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