第38話 味気ない休日

 相変わらず寒いとしか言いようがない、二月上旬。

 日曜の夕方。

 俺は暇つぶしと散歩をかねて、駅前の書店を訪れていた。


 まずは漫画の新刊棚を眺める。

 なかでも一巻に注目し、おもしろそうな新作があったら手に取ってみる。


 タイトル、表紙、オビ、あらすじ……。

 それらを総合的に判断し、ビビッとくるか考える。

 ネットで試し読みをしたり、評判を調べることもあるけれど、懐に余裕があるときは、パッケージだけで購入したいと思っていた。


 もちろんそれは、リスキーな行為だ。

 時には合わない作品を引いてしまうこともある。

 だが、だからこそ、パッケージだけで『これはいける!』と判断し、実際に素晴らしい作品と巡り会えると、『さすが俺! 見る目ありすぎるわ!』とめちゃめちゃいい気分になれるのである。


 正確にはわからないが、俺の勝率は八割くらいだろうか。

 やっぱりいい作品は、パッケージからしてオーラがあるんだよな。

 ただし、『あー、あの作品? パッケージからして売れるってわかってたわー』みたいなことを教室で語ると、うざがられることもあるのでそのへんは注意したほうがいい……。


 ――ブブッ。

 新刊棚をひととおりチェックしたところで、ポケットのなかでスマホがふるえた。

 取り出して画面を見る。


『いまから帰ります!』


 というえりりからのメッセージだった。

 今日はお菓子作りの指導のため、えりりは三浦さん家に出かけていた。

 クリスマスのやつも合わせて、たしかこれで四回目だ。

 もはや付き添いは必要ないので、俺はクリスマス以降遠慮させてもらっているが、えりりはすっかり三浦さん&長峰さんとお菓子作りをすることが気に入ったらしい。


『了解。ちょうど駅前の本屋にいるから待ってるわ』


 と、俺は返信した。

 まだ五時過ぎだけど、ぼちぼち暗くなってくる頃合いだしな。


『え、いいんですか? たぶん二十分くらいかかりますけど』

『それくらい本屋なら一瞬と変わんないよ』

『ありがとうございます! 大好きです!』


 ……ひとこと余計というか、そういうこと言われると返事がしにくい。

 ここでやめてもいいような気もするが、『既読スルー禁止条約』に抵触してしまうかもしれないので、『どういたしまして』と無難に返した。


 さて、時間をつぶそう。

 新刊はチェックしたので、既刊の棚を眺めていく。

 隅っこのほうに、手書きのポップつきで平積みされている作品があった。

 現在三巻まで出ているラブコメで、熱烈にプッシュされている。

 知らないタイトルだったが、なんとなくおもしろそうだ。

 店員さんを信用し、とりあえず一巻だけ買ってみることにした。


 レジまで持って行き、会計を済ませる。

 カバーは断って、袋に入れてもらった。


 それから一般小説の売り上げランキングの棚をテキトーに眺め、さらにビジネス書の新刊コーナーを眺めていると――


 後ろからぎゅっと、何者かに抱きつかれた。


「だーれだ?」

「……それ、ふつうは目を隠すものだろ」


 腰にまわされた腕をほどき、振り返る。

 言うまでもなく、えりりだった。


「えへへ、悠真さんが隙だらけだったのでつい」

「だからっていきなり抱きつくなよ。一瞬、痴漢かと思ったじゃねーか」

「む、うら若き乙女に向かって失敬ですね。せめて痴女って言ってください」

「そこかよ」


 性別じゃなくて『痴』のほうをきちんと否定してくれ。


「というか悠真さん、ビジネス書に興味があるんですか?」


 目の前の棚を指さして、えりりが話を変える。


「いや、そういうわけじゃないけど。ビジネス書のタイトルってなんとなく見てて楽しいじゃん」

「あー、たしかに。おもしろいタイトルが多いですもんね。『なぜ異世界では光魔法が9割なのか?』みたいな」

「それはビジネス書じゃなくてラノベだろ」


 しかも実際にありそうだし……。


「じゃあ、悠真さんだったらどんなタイトルがいいと思いますか?」

「…………『会社を追放されたボクがたった二年で年収800万の聖騎士になれたワケ』」

「微妙に長いですし、なんかどっちつかずな印象でツッコミづらいです」

「……いや、そんなすぐにいい感じのやつは浮かばないよ」


 さておき。

 こんなところで無駄話をしていてると、お店の迷惑になってしまう。

 書店をあとにして、帰路についた。


「そういや、今日はなにを作ったんだ?」

「フィナンシェです」


 歩きながら雑談を振ると、えりりは笑顔で答えてくれた。


「また陽那さんがやらかしそうになりましたけど、千絵さんがうまいことフォローしてくれて、結果的にはかなりおいしくできたと思います」


 よほど楽しかったのだろう。かなりごきげんな様子だ。


「フィナンシェって、マドレーヌみたいなやつだっけ?」

「そうですね。焦がしバターがポイントで、マドレーヌよりもサクサクしている焼き菓子です。おみやげとしてたくさん持って帰ってきたので、ぜひ召し上がってください」

「ああ、さんきゅー」


 甘いものは好きなので、素直にうれしかった。

 うちの親も喜ぶだろう。


「悠真さんはなにをしていましたか?」

「あー、俺は家でずっとだらだらしてたよ」


 漫画を読んだり、ゲームをしたり。

 特筆すべき点はなにもなく、なんとも味気ない休日だった。


「だったら、悠真さんもこっちに来ればよかったじゃないですか」

「いや、それはさすがに遠慮するわ」


 本音を言うと、そうしたい気持ちもあったけど……。

 男子ひとりで混ざるのは、やっぱりちょっと気が引けた。


 それから、三浦さん家であったことをいろいろ聞かせてもらう。

 えりりがとても楽しそうで、なによりだと思った。


 ……反面、ちょっとだけさびしさのようなものも感じてしまう。

 俺ももっと、有意義な休日を過ごせばよかったな……。


 しかし、ふと思う。

 漫画を読んだり、ゲームをしたり、ひとりで好きなことをして過ごすのは、それはそれで価値のある休日の過ごしかただ。

 むしろかつての俺は、それこそが理想だと思っていた。


 なのに今日は、味気ないと思ってしまった。

 いったいなぜか……?


 すこし思案して…………答えにたどり着いてしまう。

 えりりがいなかったからだ。


 たとえ同じように、だらだら過ごすだけの一日でも……

 えりりと一緒だったら、他愛のない雑談を交えたりして……

 味気ない、なんて思うことはないだろう。

 今日も一日楽しかったと、そう思うことができただろう。


 さらに言うと……アレだ。

 正月のときのような、いわばしょうがない事情があるからではなく。

 えりりが自分の意志で、三浦さんや長峰さんと遊んでいることが、俺を複雑な気持ちにさせているのかもしれない……。


 これまでは、ぜんぜん気にしてなかったけど。

 今日、四回目にして……。


 ――俺と遊ぶより、三浦さんや長峰さんと遊ぶほうが楽しいのか?


 なんて……。

 心のどこかで、そう思ってしまったのだろうか……。


 いやあ、だとしたらだいぶ厳しいなぁ……。

 我ながら器がちっちゃすぎる……。


「……ん? 悠真さん、どうしたんですか?」

「どうって?」

「いや、なんか、変な顔をしてたように見えたので」

「……くしゃみが出そうで出なかったんだよ」

「あー、たまにありますよね。微妙にやり場のない気持ちになります」

「それな」


 ……危ない。うまくごまかせたようだ。

 それからまた三浦さん家でのエピソードトークに戻り、俺は集中して会話をする。


 ――えりりがいなくてさびしかった。


 そんな気持ち、絶対バレるわけにはいかないからな……。

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