第37話 白玉おしりティー
寒気団は日本列島に対して恨みでもあるのか……?
というくらい連日厳しい寒さが続く、一月下旬の夕暮れどき。
俺とえりりは、スーパーからの帰り道を歩いていた。
信号待ちをしているときに、自動販売機が目につく。
思わず『あたたか~い』の飲みものが恋しくなり、
「おしるこでも飲みたいなー」
と、そんなつぶやきをもらしてしまった。
えりりは「あー」と同意してくれる。
「たしかに、おしりたいですねー」
「タピるみたいに言うな」
「え、悠真さん、まだタピるなんて言ってるんですか? いまはもうタピオカよりも白玉の時代ですよ。白玉おしりティーです」
「白玉おしりティーて」
いや、それはそれでうまそうだけど。
「テキトーに言いましたが、けっこういいネーミングですね」
「えー、そうかぁ?」
「そうですよ。早くも今年の流行語候補が出ちゃいました」
「でも、おしるこからの派生なら、『おしりティー』じゃなくて『おしるティー』にすべきだろ」
「そこは言いやすさを重視します。『おしりティーを飲むリアリティ、それがウチらのクオリティ』みたいなキャッチコピーを作れますし」
「たしかにリズム感はいいけども」
「これくらいのほうが若者ウケはいいんですよ」
まあ、それは一理あるかもしれないが……。
「でも、ケツを連想しかねないのはどうなんだ?」
「わかってないですね、悠真さん。むしろそれが狙いですよ」
「え?」
「おしりを連想してもらうことで、どうなるか想像してみてください」
そこで信号が青に変わる。
俺は渡りながら考えてみた。
しかし、その程度の時間では、おしりによるメリットは浮かばない。
渡り終えたところで、潔くギブアップした。
「……いや、ちょっとわかんないな」
「やれやれ、仕方ないですね。では、正解を教えてあげます」
えりりは不敵に微笑み、広告業界の敏腕ディレクターのように語った。
「白玉おしりティーをおしりに乗っけて写真を撮る、『白玉おしりティーチャレンジ』がSNSでバズります」
「天才かよ」
本当にバズるかはさておき、とても見てみたいのはたしかだった。
「というか、ふつうに通りすぎちゃいましたけど、おしるこ買わなくてよかったんですか?」
「まあ、夕飯前だしな。今日のところは我慢するよ」
「そうですか。じゃあ今度、わたしが作ってあげますね」
「お、いいね。期待してるわ」
自販機で買えるものより、えりりの手作りのほうが絶対にうまいからな。
「あ、ちなみに、おしることぜんざいの違いって知ってます?」
「え、あー……いや、知らないな。どう違うんだ?」
素直に訊ねると、えりりは得意げに答えてくれる。
「前にふと気になって調べてみたんですが、関東と関西で、区別の仕方が違うらしいですね」
「へえ、そうなんだ」
「関東では汁気があるものがおしるこで、汁気がないものがぜんざいらしいです」
「なるほど」
たしかに俺も、漠然とそんなイメージを抱いていた。
「じゃあ関西では?」
「おしるこのほうがボケで、ぜんざいのほうがツッコミです」
「関西だけにか」
いや、関西といえばお笑いっていうのも、ずいぶん雑な発想だが。
「焼き菓子なのがおしるこで、生菓子なのがぜんざいっていう説もありますね」
「その分けかたは八つ橋だ」
個人的には生のほうが好きである。
「ほかにも、ショートケーキにあこがれているのがおしるこで、マカロンにあこがれているのがぜんざい、と言っている人もいるとかいないとか」
「いないだろ」
おしるこもぜんざいも、和菓子としての誇りを持ってるよ。
「もういいから、本当のやつを教えてくれ」
そう言うと、えりりはあっさり教えてくれた。
「こしあんがおしるこで、つぶあんがぜんざいらしいです」
「あー、それもなんかわかるな」
「関西はさらに汁気によって、細かく分類があるみたいですね」
「ふうん。まさに豆知識ってやつだな」
「……ほんとに今日は寒いですねー」
「いや、そこまで寒くはないだろ」
オチとしては、たしかにちょっとベタベタすぎるけど。
「それで、違いがわかったところで、悠真さんはどっちを食べたいですか?」
「いや、べつにどっちでもいいよ。えりりにまかせる」
「わかりました。では腕によりをかけて、
「ふつうのぜんざいにしろ」
一人前をふたつの器で出したら、無駄に洗い物が増えるだろ。
いやもちろん、夫婦ぜんざいじたいは素敵なものだと思うけど。
「いいえ、作り手の権限で夫婦ぜんざいにします。それで一緒に『夫婦ぜんざいチャレンジ』をしましょうね」
「……『夫婦ぜんざいチャレンジ』ってなんだよ」
「夫婦ぜんざいを食べながら、相手の薬指にうまく指輪をはめられるかのチャレンジです」
「……だったらまだ、『白玉おしりティーチャレンジ』のほうがいいわ」
「あ、言いましたね? じゃあ、『白玉おしりティーチャレンジ』のほうをやってもらいましょうか」
「いや、どっちもやらねえよ」
「でしたら、ぜんざいもおしるこも作ってあげません」
と、足下を見て微笑むえりり。
「ぐ、究極の選択だな……」
「ふふふ、すべては悠真さん次第です」
「…………」
俺は十秒ほど熟考し、苦渋の決断をくだした。
「……『白玉おしりティーチャレンジ』は、ズボンは履いた状態でもOK?」
「まあ、よしとしてあげましょう」
「じゃあ、そっちで」
「了解です」
数日後。
えりりは超おいしい白玉入りのおしるこを作ってくれた。
チャレンジは本当にやらされて、しかも隙をつかれて写真まで撮られてしまった……。
「ネットにはあげないので、ご安心ください」
と、えりりは小悪魔のように微笑んだ。
小さくても、小豆ほどには甘くないらしい。
…………いや、我ながらぜんぜんうまいこと言えてねえな。
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