第29話 クラスメイトの私服姿って新鮮でいいよね
えりりと電車に乗って、揺られることしばし。
学校の最寄り駅をふたつ通り過ぎたところで降り、それから地図アプリの案内に従って、三浦さん家までの道のりを歩き始める。
駅前は赤や緑の装飾が多く、非常に活気があった。
「いかにもクリスマスイブって感じの雰囲気だなー」
「そうですねー」
「まあ、まだ昼だから、前夜ではないけどな」
「というか、そもそもクリスマスイブは、クリスマス当日の夜って意味であって、クリスマスの前日とか前夜ってことではないそうですよ」
「え、そうなの?」
「はい。むかしは日没が一日の区切りだったので、二十四日の夜がクリスマスの始まりだったのです」
「へえー」
てっきり『イブ=前夜』だと思ってたわ。
小学生に教わるのも情けないけど、まあ、年上の威厳がないのはいまさらなので気にしない。
「さすがの教養だな。麗千で習ったのか?」
「いえ、ネットの記事で知りました。クリスマスイブの過ごしかたについて検索したとき、小ネタとして書いてあったので」
「……クリスマスイブの過ごしかたについて検索したんだ」
「『セイの六時間』というものがあるそうですね」
「……それは『ひじり』のほうの聖だよな?」
「そういうことにしておきましょう。さすがに、わたしにはまだ早いと思ったので、あえて詳しくは調べませんでした」
「……賢明な判断だな」
いや本当に。
分別があってたいへんよいと思います。
「でも、いつかは一緒にその六時間を過ごしましょうね」
「……ひじりのほうでよければ」
「ふふ、一緒に過ごしていただけるなら、悠真さんのお好きなほうでいいですよ」
あ、一緒に過ごすことは決定事項にさせられてしまった……。
まあ、べつにいいけれど。
そして、駅から徒歩十分弱。
ほとんど迷うことなく、地図アプリが示す場所に到着する。
表札に『三浦』とあるので、ここが三浦さん家でいいのだろう。
閑静な住宅街の一角にある、住みやすそうな一軒家だ。
「……悠真さん、どうしたんですか?」
インターホンの前で制止していると、えりりが小首をかしげる。
「いや、クラスメイトの女子の家に来るのって初めてだから、ちょっと緊張して……」
「なるほど。クリスマスだけにチキンってことですね」
「うまいこと罵倒してくるな」
「寒いのでさっさと押してください。なんなら帰りますか?」
「ここまで来て帰るかよ。心の準備をするから、十秒だけ待ってくれ」
「やです」
「あっ」
えりりがぽちっと押してしまった。
数秒後。
待ってましたとばかりにドアが開き、三浦さんが姿をあらわす。
当たり前だが、私服姿だった。
だぼっとした感じのパーカー、ショートパンツ、黒のストッキング。
ボーイッシュなようでいて女の子らしくもあり、なんとも新鮮な印象だ。
――健康的な脚線美、いいよね。
と思ったが、えりりに気づかれたら怒られそうなので、あんまり見ないようにしなければ。
「こんにちはえりりちゃん! 来てくれてほんとありがとね! あ、ついでに川原くんも!」
すがすがしいくらいのおまけ扱いである。
まあ実際俺は付き添いなので、特に不満はない。
「こんにちは。相変わらず無駄にテンションが高いですね」
「ふふ、それだけえりりちゃんに会えてうれしいってことだよ。とりあえずあがってあがって」
「お邪魔します」
「……お邪魔します」
淡々と対応するえりりに続いて、遠慮がちにあがらせてもらった。
玄関から廊下を進み、リビングに入るとなんだか甘いにおいがした。
女子の家だから……ということは関係なく、たぶんケーキ作りの準備をしてたからだろう。
「川原くん、こんにちは。えりりちゃん、ひさしぶり」
大きなソファに、長峰さんが座っていた。
三浦さんの親友で、物腰やわらかな美人である。
我がクラスの影のボスとも言われており、よくも悪くも勢いまかせなところがある委員長(三浦さん)を的確にサポートしている。
もちろん、長峰さんも私服姿だ。
縦線の入ったタートルネックのセーターに、ロングスカート。
やはり新鮮な印象で……どことは言わないが、制服のときと比べて、一部の主張がなんとも激しい感じだった。
一瞬だけ目を奪われてしまったが、そんなことはおくびにも出さず、俺は挨拶する。
「こんにちは。長峰さんも来てたんだ」
「うん。せっかくだし、私もえりりちゃんに教わりたいなと思って」
長峰さんはそう言って、三浦さんにジト目を向ける。
「というか陽那、川原くんに連絡してなかったの?」
「あー、そういえば忘れてたかも」
「かも?」
「……ごめんなさい、忘れてました」
と、頭を下げる三浦さん。
長峰さんはやれやれと嘆息して、申し訳なさそうな顔でえりりに言う。
「というわけでえりりちゃん。陽那がバカなせいで伝わってなかったみたいだけど、私もご一緒してもいいかな?」
「もちろんです。バカな三浦さんと違って、長峰さんとはまたお会いしたいと思っていました」
「ほんと? ありがとう。今日はよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
三浦さんを放置して、えりりと長峰さんはなごやかにやりとりする。
こうして見るとこのふたり、なんだかタイプが似ている気がする。
理知的で、控えめに見えるが意外に強情で、怒らせたら怖そうなところとか……。
「うぅ……川原くん、ホームなのになんだかアウェーだよぉ……」
と、下手な泣き真似をしながら、三浦さんが近づいてくる。
「……自業自得だと思うけど」
「えぇー、ちょっと連絡しなかっただけなのに……」
「いや、報・連・相は大事だろ」
「ん? ケーキ作りにホウレンソウなんている?」
「……あー、ごめん三浦さん。ちょっと言いにくいんだけど」
「え、なに?」
「俺もバカだと思われたら困るから、気安く話しかけないでくれ」
「ひどっ!? 優しい人だと思ってたのに、とんだ塩対応だよ!」
いや、ほんとごめん三浦さん……。
優しくしてやりたい気持ちはあるんだが、あんまり甘い対応をするとえりりの機嫌が悪くなると思うので、このくらいで勘弁してほしい……。
まあ、しかし、あれだな。思ったより悪くない雰囲気だ。
長峰さんの存在が大きくて、三浦さんの光属性をいい感じに中和してくれてる。
おかげでギスギスすることはなさそうで、正直かなりほっとした。
こうなると、あとは役得って感じである。
かわいい女の子たちがケーキを作っているところを、せいぜい楽しみながら眺めるとしよう。
まあ……。
そんな考えは砂糖菓子のように甘くてもろく……。
すぐに打ち砕かれることになるのだが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます