第28話 川原家のソファさん

 終業式を翌日に控えた、十二月二十四日。

 もう今学期の授業は終わっているので、本日はほとんど大掃除だけで放課後となった。


 えりりのほうもそんな感じのスケジュールだったようで、ふたりとも正午頃に帰宅し、一緒に昼食を食べた。

 しばしソファで食休みをして、スマホで時刻を確認する。


「そろそろ行くか」


 と、俺は立ち上がりながら言った。


「え、どこにですか?」


 えりりはきょとんとする。

 なかなかうまい演技だが、ほんのすこしわざとらしさがあった。


「わかってるだろ。三浦さん家だよ」


 かねてより約束していた、ケーキ作りの指導のためだ。

 ちなみに、場所をどこにするかはすこし揉めて、


『教えてもらう立場なんだし、こっちが足を運ぶよ。もちろん後かたづけとかもちゃんとするから』


 と、三浦さんはうちでやることを希望したが、


『わざわざ出向くのも面倒ですが、あの人をうちのキッチンに入れるほうがイヤなので、場所はあの人の家にしてください。そのほうが作ったケーキを持ち帰る手間も省けますし』


 と、えりりが主張して、三浦さん家でやることになった。

 この件に関しては基本、決定権はえりりにある。


 ちなみにどうでもいいが、『うちのキッチン』ってナチュラルに言っているけど、正確には川原家のキッチンである。

 まあ、いまや一番使っているのはえりりなので、あえてツッコんだりはしないけど。


「……やっぱり行かなくちゃダメなやつですか?」


 歯医者を嫌がる小学生みたいな顔で、えりりは言った。


「ダメなやつだよ。約束したんだから守らなきゃ」

「うぅ……でも、聞いてください悠真さん。行きたい気持ちは山々なんですが、それができない理由があるんです」

「なんだ?」

「えっと、その……ソファさんがわたしを放してくれないんですっ」


 と、だいぶ無茶な言い訳をして、えりりはソファに背中を押しつけた。


「ほら、『えりりちゃん行かないで』とソファさんも言っていますっ」

「早く準備しろ」


 往生際が悪いぞ。


「む、無理ですっ。ソファさんを置いていくなんて、わたしにはできません……!」

「ソファさんなら心配しなくても大丈夫だよ。いざとなったらテレビくんとかテーブルちゃんもついてるし」

「で、ですが、それでもわたしは、ソファさんのそばにいてあげたいんです! 今夜が山かもしれないんですよ!?」

「……まじか」


 これで今夜ソファが壊れたら笑うな。

 いや、どうなったらソファが突然壊れるのかわからんけど。


「ソファさん、がんばってください! ヒッヒッフーですよ!」

「なんでラマーズ法だよ……」


 うちのソファ、出産するの?

 座椅子とかできたら、便利に使わせてもらうけど。


「というわけで悠真さん。残念ながら、今日は外出できませんね」

「そっか……それなら、しょうがないな」

「そうです。しょうがないんです」

「えりりのしたいようにしてくれていいよ」

「はい、ありがとうございます。ソファさんも喜んでます」


 えりりはソファをなでながら微笑んだ。

 その小芝居じたいはけっこうおもしろいが、俺は無慈悲なカウンターを繰り出す。


「じゃあ、俺ひとりで行ってくるわ」

「え?」

「ドタキャンするのは悪いから、お詫びも兼ねて、せめて俺にできることをしてくるよ」

「――ちょっ、バカなこと言わないでください! 危険人物のおうちに、悠真さんひとりで行かせられるわけないじゃないですか!」

「だったらえりりも来てくれよ」

「うっ…………うぅぅ……」


 えりりはいくらか葛藤して、やがて観念したように立ち上がった。


「わ、わかりましたよ! わたしも行きます! 行けばいいんでしょう! 行けば!」

「……いや、本気で行きたくなかったら、断ってもいいぞ」

「大丈夫です。本当はそこまでイヤでもないので。むしろ楽しそうですし。ただ、素直に向かうのもなんか悔しいので、ちょっとごねてみただけです」


 と、えりりは苦笑した。


「ならいいけど。じゃあソファさんに挨拶して、準備してくれ」

「はい。ごめんなさい、ソファさん。わたし、悠真さんを守るために行ってきますね」

「……ソファさんはなんて言ってる?」

「『ここは俺にまかせてさきに行け!』だそうです」

「……ソファさん、男だったの?」

「なに言ってるんですか? ソファに性別なんてあるわけないじゃじゃないですか」

「急に正論はやめろ」


 さておき。

 身支度を整え、俺とえりりは家を出た。

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