第27話 嵐と怪獣

「……………………………………」

「……………………………………」

「……………………」

「……………………」

「…………」

「…………」


 重たい沈黙が横たわる。

 表情が死んだえりりは、なにやら考え込むようにうつむいてしまった。


 うーん、黙られてしまうと、逆に怖い……。

 嵐の前の静けさというか……。

 そろそろ目を覚ます怪獣の前にいるような心地というか……。


 とはいえ、この空気に耐え続けるのもかなりしんどい。

 俺は内心びくびくしながら声をかけた。


「……あの、えりり?」

「…………」

「えりりさん?」

「…………えーと、すみません」


 えりりはゆっくり顔をあげて、沈黙を破ってくれた。


「聞き間違いや勘違いの可能性もあるので、いちおう確認したいのですが」

「ああ」

「それは、文化祭でお世話になった、あの人のことでしょうか?」

「そう。その三浦さん」

「――――ああっ、もうやっぱり! イヤな予感はしてたんですよ!」


 その名前だけは聞きたくなかったとばかりに、えりりは俺の枕にパンチを入れた。

 嵐と怪獣がいっぺんに来てしまったかもしれない……。


「というか! 悠真さんに相談するとか、あの人ちょっとバカなんですか!? ほかにいくらでも頼りがいのある人がいるでしょう!」

「……さっき人を見る目があるって言ったじゃん」

「だって内容がケーキ作りですよ!? キッチンではポンコツでしかないうちの悠真に、そんなことできるわけないじゃないですか!」


 うちの悠真て。

 ポンコツなのは認めるけど。


「きっとケーキ作りってのは単なる口実で、真の狙いは悠真さんと親しくなることです! 悠真さん、だまされちゃいけません! 彼女は魔性の女です! 男を手のひらで転がすことを生きがいとするファムファタールです!」


 まあ、案の定というかなんというか……。

 三浦さんの名前を出したら、やっぱりお怒りになるのか……。


「いや、それはないって」


 えりりを落ち着かせるために、軽く手を振って否定した。


「……なんでそう言い切れるんですか?」


 えりりはじっとりとした目をこちらに向ける。


「だって、三浦さんの目的は俺じゃなくてえりりだもん」

「え……どういうことです?」

「三浦さんはえりりにケーキの作り方を教わりたくて、俺から頼んでほしいって相談してきたんだよ」

「…………つまり、悠真さんは単なるメッセンジャーってことですか?」

「そういうこと」

「なるほど……それならまだ、罪は軽いですね」


 いくらか冷静になった様子で、えりりは納得した。

 しかし、だからといって機嫌がよくなったわけではなく、


「でも、わたしの悠真さんに近づきつつ、かけらも親しくないわたしに労力を払えと要求してるわけですよね? 下心がなかったとしても、だいぶ図々しいと思うんですが」


 と、苦言を呈してきた。

『わたしの悠真さん』以外は、わりと正論である。


「そのへんは三浦さんも自覚していて、無理なら潔くあきらめるって言ってたよ」

「…………ちなみに、悠真さんはわたしにどうしてほしいですか?」

「えりりの好きにしてほしい」


 それについては、もう結論が出ている。

 俺はきっぱりと答えた。


「三浦さんには悪いけど、えりりの意志のほうが大事だから」

「……………………えへへ」


 えりりはほんのり頬を染めて、うれしそうにはにかんだ。


「……で、えりりはどうしたい?」


 その反応に、俺はやや照れながら訊ねる。


「えーと、まあ、そうですね。悠真さんをたぶらかしたら絶対に許さないですけど、そうでないならべつに嫌いというわけでもないので、特別に引き受けてあげてもいいですよ」

「お、いいのか?」

「はい。おかげでいま、悠真さんから素敵なお言葉をいただけましたし」

「そっか……さんきゅーな」

「いえいえ」


 さすがえりり。なんだかんだで優しいよな。

 正直難しいと思っていたけど、いい感じに話がまとまってよかったわ。


 善は急げって言うし、さっそく三浦さんに報告してあげよう。

 俺はスマホを取りだし、OKを伝えるメッセージを送った。

 スマホをスリープ状態にすると、えりりが訊ねてくる。


「ところで、悠真さんはそのクラスのクリスマス会には参加するんですか?」

「いや、まだ決めてないけど」

「あれ、そうなんですか?」

「まあ、どっちでもいいって感じだから」

「――あ、もしかして、わたしの都合に合わせようとしてくれてます?」


 …………ほんと、察しがいいよなあ。

 完全に図星だったが、素直に認めるのも気恥ずかしいので、


「いや、べつにそんなことはねえけど」


 と、ぶっきらぼうに答えた。

 だが、当然ながらそんなもんはえりりには通じない。


「ふふふ、悠真さんったらー。相変わらず照れ隠しが下手ですねー」

「……うるせえな」

「わたしのことを気にとめてくださって、ありがとうございます。本当にうれしいです」

「…………」


 茶化されるのは鬱陶しいが、ストレートに感謝されても反応に困る……。


「でも、そのクリスマス会には参加してくださって大丈夫ですよ。ちょうどわたしのほうでも、クラスでクリスマスパーティーがあるので」

「あ、そうなんだ」

「ええ。もちろん悠真さんがわたしと過ごしたいなら、そちらは欠席いたしますが」

「そういうのいいから」

「ですよね」


 えりりは苦笑して、あっさりと引き下がる。


「では、クリスマス当日は、お互いにクラスのパーティーに出席しましょう」

「ああ、そうだな」

「その代わり、イブはふたりきりで過ごしましょうね?」

「……いや、それはちょっと約束しかねる」


 ほかに予定なんかあるはずもないが、あらためてそう言われると、なんかアレな感じがするので、曖昧な感じで流したかった。


「もう、悠真さんはほんと照れ屋ですね。照れを販売できたら、いまごろ億万長者ですよ」


 ほんと、そうだったらいいよな……。


「まあいいです。悠真さんのイブの予定なんて白紙に決まってますからね。わたしと過ごすことは、もはや既定路線です」

「…………」


 まったくそのとおりなので、返す言葉はなかった。


 ――のだが。

 そこで、ブブッとスマホがふるえる。

 三浦さんから返事がきた。


『やったー! 超ありがとう! 超うれしい!』


 さらに続けてメッセージが届く。


『それで、日程なんだけど、前日の二十四日でどうかな? そうすれば、えりり師匠に指導してもらったものを当日に持っていけるし、ちょうどいいかなって』


 勝手に師匠呼ばわりしていることはさておき……。

 ロマンチックなやつとは違うが、意外にもイブに予定が入ってしまいそうだ。

 まあ、俺はべつに構わないが……。


「なあえりり」

「なんですか?」

「その、いま、三浦さんからメッセージがきたんだけど」

「――え?」

「ケーキ作りの指導、二十四日でどうかって」

「はあ!?」


 えりりは驚きの声をあげ、


「えっ、ちょっと待ってください。悠真さん、あの人と連絡先を交換しているんですか?」

「ああ。今日、相談を受けたときにな」

「…………この話は、なかったことにさせてください」

「え、なんで?」

「なんでじゃありませんよ!」


 えりりは枕をバシバシ叩きながら憤慨する。


「勝手に連絡先を交換してるだけでも万死に値するのに、そのうえわたしと悠真さんのラブラブなイブを邪魔しようって魂胆ですよ!? そんな極悪非道な行い、許せるわけないじゃないですか! もはや怖いです! サイコパスの所業ですよ!」

「えぇ……」


 またすごい主張をしてくるな……。

 どこからツッコんでいいかわからん。


 その後、荒ぶるえりりをなだめつつ、どうするのが全員にとって一番いいか、慎重に話し合いを続ける。

 結果。


 ――ケーキ作りは夕方まで。

 ――夜は俺とえりりのふたりきりで過ごす。


 という条件で合意に至った。


「これなら、わたしとしても不満はないですね」


 と、えりりは微笑み、うんうんとうなずいた。

 俺の意志がどこにもないような気もするが……。

 この際、よしとしておこう。えりりのごきげんの前では些細なことだ。


 しかしこの調子だと、当日はどうなることやらって感じだ。

 まあ、三浦さんのコミュ力に期待しよう。

 えりりも基本的には、空気が読めるおとなびた性格だしな。


 たぶん大丈夫だろう。

 きっと仲良くなってくれると思う。

 そう信じることしかできなかった……。

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