第26話 初歩的なことですよ

 ――えりりちゃんにケーキ作りを指導してほしい。

 ――あわよくば師匠になってほしい。


 といった、三浦さんの希望を伝えるには、いったいどういう切り出し方がいいだろう……?

 と、帰り道にあれこれシミュレーションをしてみたが……。

 残念ながら、自信が持てる案は浮かばなかった。


 どんな言い方をしても、三浦さんの名前を出した時点で、えりりのごきげんが詰んでしまう未来しか見えない……。


 いや、まあ、俺が本気で頼めば、イヤイヤながらも引き受けてくれるような気もするが……やっぱりそれは違うと思う。


 一番大事なのは、えりりの意志だ。

 夕飯に深刻な影響を及ぼすからではなく……。

 いや、それもまったくないわけではないが……。

 とにかく、単なるこちらのわがままで、年下の女の子に我慢を強いる展開だけは、あってはならないと思う。


 三浦さんとしても、そんなことは望んでいない。

 だからあくまで、えりりファースト。


 それを大前提として、ストレートに伝えよう。

 変な小細工を弄しても、あっさり見透かされてしまうだろうし。

 その結果えりり的にNGだったら、これはもういたしかたない。

 三浦さんにはすっぱりあきらめてもらおう。


 帰宅して、制服から部屋着に着替えところで、俺はそんなふうに方針を定めた。

 自室の椅子に腰掛け、ベッドで漫画を読んでいるえりりに視線を向ける。


 あれを読み終えたら、話を切り出そう。

 さっさと話して、精神的に身軽になりたいところだが、邪魔をしたら怒られるからな……。


 幸い、ちょうど終わり際だったようで、五分ほどでえりりは漫画を閉じた。

 ふうと吐息をもらして、こちらを向く。


「お待たせしました、悠真さん」

「……いや、べつに待ってはないけど」

「そうですか? なにか話したいことがあるって雰囲気を感じたのですが」

「……麗千には、超能力の授業もあるの?」

「そんな大層なものじゃありませんよ。これくらい乙女のたしなみです」

「…………」


 愚鈍な男子高校生と違って、乙女ってほんと観察力がすごいよな……。


「ちなみに、わたしが漫画を読み終えるのを待っていたところから察するに、話の前にわたしのごきげんを損ねたくないという意図を感じます。つまりわたしにとって、そんなに愉快な話ではない可能性が高いですね」


 いや、すごすぎるでしょ……。


「……どこの名探偵だよ」

「ふふふ。初歩的なことですよ、ユマソンくん」


 と、えりりはパイプをふかすような気取ったポーズをとった。


「……これがエーリッリ・ホームズの実力ってわけか」

「うわ、なんですかそれ。ひどいセンスですね」

「ほっとけ」


 ネーミングについてはお互いさまだ。


「それで、悠真さん」


 えりりが仕切り直して訊ねてくる。


「その話というのは、いつもよりちょっと帰りが遅かったことと関係がある感じですか?」

「ああ。実はクラスメイトから相談を受けてな」

「ほう。悠真さんに相談するとは、そのかたは人を見る目があるようですね」


 えりりは感心したように言って、さらに続ける。


「もうすぐクリスマスですし、気になるあの娘にアタックしたいとか、そういう感じの恋愛相談ですか?」

「いや、クリスマスは正解だけど、恋愛はべつに関係ないな」

「あらそうですか。では、どういったご相談でしょう?」

「二十五日に、クラスでクリスマスパーティーがあるんだけど」

「ふむふむ」


 俺の説明に、えりりは小気味よい相づちを打ってくれる。


「その人はそれに、手作りのケーキを持っていきたいんだって」

「へえ、いいじゃないですか。素晴らしいサービス精神ですね」

「でも、ケーキ作りの経験がないらしくて」

「ありゃりゃ」

「だから、よかったらえりりに協力してほしいんだよ」

「――ん? あれ、それって…………」


 なにかを察した様子で、えりりは急に押し黙った。

 ややあって、おずおずと口を開く。


「…………あの、悠真さん」

「なに?」

「もしかしてなんですけど、その相談相手って……」

「三浦さんだよ」

「…………」


 あ、まずい。えりりの表情が死んだ。

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