第35話 正月休み

 新年の特別感もぼちぼち薄れてくる、一月三日。

 正月の特番をテキトーに流しつつ、俺とえりりは一緒に昼食を食べていた。


「やっぱり、悠真さんと一緒だと落ち着きますねー」

「まあ、たしかに。日常って感じだよな」


 元日と二日は川原家も大江家も祖父母のところに行っていたので、こうしてふたりきりになるのは年越し以来だった。


 ちなみに、両親チームはいまごろ大江家で食事をしている。

 単純に仲良くなっているのもあるだろうが、どうも俺とえりりがふたりきりになるよう仕組んでいる感じがするんだよな……。

 クリスマスや大晦日もそうだったし……。

 それが誰の意志によるものなのかは、あえて解明しないけれど。


「お義父さんとお義母さんのご実家のほうはどうでしたか?」


 と、えりりが話を振ってくる。


 人の親を勝手にそんなふうに呼ぶな、と言いたいところではあるが……。

 残念ながら当人たちがそう呼ばれることを歓迎しているので、俺に口を挟む権利はなかった……。

 ので、その点はスルーして答える。


「まあ、べつにふつうだな。新年の挨拶をして、おせちを食べながら、ずっとだらだら世間話をしてたわ」

「平和なお正月って感じですね」

「あ、いや……例年よりちょっと親がうざかったな」

「え、なんでですか?」


 えりりが興味深そうに訊いてくる。

 俺はそのときのことを思い出し、うんざりとした気分で返した。


「しつこいくらい、えりりの話をしてたから……」

「――本当ですか?」

「ああ……」


 うちの親(特に母親)は、えりりを気に入りすぎなんだよな……。

 いつ撮ったんだよって写真をじいちゃんばあちゃんに見せたりして、えりりちゃんえりりちゃんとやかましかった。


「えー、ぜんぜんうざくないじゃないですか。すごくうれしいです」


 えりりはてれてれとはにかんだ。


「いや、親がはしゃいでる姿って、それだけで年頃の男子的にはしんどいんだよ……」

「あー……それはちょっと、わたしもわかります」

「あ、そうなの?」


 苦笑してうなずくえりりに、俺はやや意外に思って訊ねる。

 えりりのご両親は落ち着いている印象なので、あんまりそういうことはなさそうだけど。


「はい。前に『悠真くんとラインを交換しちゃったー♪ どう? えりり? うらやましい?』って煽られたときは、初めて母親をぶっとばそうかと思いました」

「そんなことでぶっとばそうと思うな」


 というか里紗さん、娘に対しては意外とお茶目なところもあるんだな……。


「……そういえば、陽那さんにもさきを越されてしまったんですよね。わたしも観念して、そろそろスマホを持つ頃合いでしょうか」

「ああ、いいんじゃないか。やっぱりあったほうが便利だし」

「そうですね。あとでお母さんに言っておきます」

「ふつうに買ってくれるだろ」

「ですね。むしろ早く持ってほしいって言われてましたし」

「そうなんだ。……え、じゃあなんでこれまで持ってなかったの?」

「スマホにお金をかけるより、そのぶんお小遣いを増やしてもらって、好きなものを買ったほうがいいという主義だったので」

「……なるほど」


 なんともえりりらしい堅実さだ。


「――あ、だから里紗さんは、わざわざ煽ってきたんじゃない?」


 悔しかったらえりりもスマホを持て、という意味だったのだろう。


「ええ……そういう意図が読めたので、逆に持ちたくないって思っちゃいました」

「あー……」


 たしかに親の言葉って、反発したくなったりするよな。

 しかし、おとなびたえりりでもそういうことがあるのかと思うと、なんだか妙に微笑ましいと感じた。


「――と、脱線しちゃいましたね。ほかにご実家で、なにかあったりしましたか?」

「いや、そんな変わったことはないな」

「お年玉に油田をもらったとかは?」

「石油王かよ」


 そんなおもしろエピソードがあったら、まっさきに話してるわ。


「でもお年玉、もらったはもらったんですよね?」

「まあな」


 たぶん高校生としては、平均くらいの額だと思う。


「じゃあ、そのお年玉はわたしがあずかるので、あとで持ってきてください」

「なんでだよ」

「もちろん、悠真さんが無駄遣いしないようにです」

「お母さんか」


 お年玉の管理くらい自分でやらせてくれ。

 そもそも俺、そこまで金遣い荒くないし。


「あはは、お母さんて。やだなー悠真さん。そんなわけないじゃないですか」

「いや、わかってるけど」

「お母さんじゃなくて、未来の妻ですよ」

「それはわからん」

「なので、いまのうちから家計をあずかっておくのもいいかなと思いました」

「いいわけあるか」


 どんなやりくり上手の奥さんでも、そこまで徹底してないわ。


「えりりのほうはどうだった?」


 うちの話はもう充分なので、質問をお返しする。


「こちらも特に変わったことはなかったですね」

「そうか。まあ、そんなもんだよな」

「強いて言えば談笑中に、おじいちゃんが激怒したくらいです」

「いや、けっこうなことが起こってるじゃねえか……」


 なかなかないだろ……。

 孫娘の前で、おじいちゃんが激怒って……。


「……それで、なんでおじいちゃんは激怒したんだ?」

「わたしとお母さんとおばあちゃんの三人だけで、話に花を咲かせてしまったのが原因ですね」

「え? そんなことで怒ったの?」

「はい。普段はすごく優しいおじいちゃんなんですけど、話の内容が気に入らなかったみたいで……」

「……どんな話をしてたんだ?」

「悠真さんの話です」

「――俺かよっ!?」

「『うちの孫娘は絶対渡さん!』とおかんむりでした」

「えぇ……」


 まさか正月早々、会ったこともないおじいさんに怒られていたとは……。 


「ちなみに、そのときお父さんは遠い目をしてました。なんでも、お母さんがお嫁に行くときも荒れたみたいで」

「まあ、そうだろうな……」

「なのでお父さんは『えりりが選んだ人が挨拶に来たら、絶対に反対しないようにしよう』と思ったそうです」

「それで俺にすごく優しいのか……」


 いや、べつに俺は『お嬢さんをボクにください』的な挨拶はしてないけども。


「で、そこからおじいちゃんはやけ酒モードになって、お父さんが付き合わされて大変そうでした」

「えりりのお父さん、めっちゃいい人だよな……」


 俺も将来あんなふうになりたい――と思うような、理想的なおとなだ。


「あと、その件とはべつに、例年とは違うところがありましたね」

「というと?」

「ちょっと心配なことがあったんです。おかげで、心からゆったり過ごすことができませんでした」

「え……なにを心配してたんだ?」


 俺が率直に訊ねると、えりりは苦笑まじりに答えた。


「わたしに会えなくてさびしがってないか、悠真さんが心配で……」

「まったくいらん心配だわ」

「えー。でも、とある学説によると、野生の悠真さんは、二十四時間以上わたしに会えないと、さびしくて泣いてしまうらしいですよ?」

「よし、俺の名誉のために、順番にツッコんでいってやる」


 腕まくりして、ジト目で言う。


「まず誰だ、そんなどうしようもない学説を唱えてるやつは」

「オーエー大学のエリリン教授です」

「学会から追放されてしまえ」

「でも、悠真さん研究の第一人者ですよ?」

「第二人者がいねえだろ」

「最近の悩みは、国が研究費を援助してくれないことらしいです」

「もし援助されたらこの国から出ていくわ」


 ほかにいくらでも援助すべき研究がある。


「で、語感からしてひどいんだが……『野生の悠真さん』ってなんだよ」

「野生で生きている悠真さんのことです」

「そのまんまだな……」

「主にお米を食べて生きてます」

「日本人だからな」

「漫画を読むのが好きで、リスと似たような習性がありますね」

「え、なにそれ?」


 リスと共通点なんかあったか?


「リスがどんぐりを隠すように、悠真さんもよくあるものを隠します」

「なんだ?」

「『照れ』です」

「うるせーよ」


 うまいこと言ったつもりか。


「リスが隠したものを忘れるように、悠真さんも隠すのが下手なんですけどね」


 だからうまいこと言ったつもりか。


「あと、たいへん稀少で、絶滅危惧種として指定されています」

「いや、それ以前にどこに生息してるんだよ」

「カワハラン銀河のユマユマ星ですね」

「……不思議系アイドルのプロフィールみたいになってるぞ?」

「……ユマゾン川流域くらいのほうがよかったですかね?」


 そんなアマゾン川みたいに言われても……。

 まあ、ユマユマ星よりはマシだけど。


「ちなみに、わたしが飼育している悠真さんは、飼い主のことが大好きなので、たぶん三日会わなかったらさびしくて死にますね」

「そのくらいで死ぬメンタルだったら、そりゃあ絶滅危惧種になるわな。つーか飼育って言うな」


 と、そんな感じで。

 だいたいツッコミどころを処理すると、えりりはくすくすと笑った。


「やっぱり、悠真さんとおしゃべりするのは楽しいですね」

「まあ、同感だな」

「あと、いちおう言っておきますと……」


 えりりはイタズラっぽい笑みを浮かべ、上目遣いで言う。


「わたしは悠真さんに会えなくて、さびしかったですよ?」

「…………それはべつに、言わなくていい」

「出た、悠真さんの習性」

「習性もやめろ」


 横を向いてぶっきらぼうに告げると、えりりはまたくすくすと笑った。

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