第13話 告白

 ちょっと前から、えりりの様子がなんだかおかしい……。

 具体的には、先週の夏祭り以降だろうか。


 元々ふつうとは一線を画していたけど、そういうことではない。

 あきらかに口数が減っているし、なにか言いたげにこちらをちらちら見てくるのに、けっきょくなにも言い出すことはない。得意の料理でさえ、細かなミスをちょくちょくするようになった。


 正直、かなり気になる。

 しゃべりはしなくても、相変わらず長い時間を俺の部屋で過ごしているので、嫌われたってことはたぶんないと思うのだけど。

 えりりがなにを考えているのかよくわからない。

 なにか悩みを抱えているなら相談に乗ってやりたい。


 とはいえ相手は女の子だし、もしかしたら触れられたくないことかもしれない。

 そう思うと、迂闊に訊ねるのも躊躇われる。

 だから本人の意思にまかせようと、えりりから話してくれるのを気長に待つことにした――んだけどなぁ。


「あの、悠真さん」

「なに?」

「……なんでもありません」 


 なんてやりとりを今日一日で十回以上もやられたのだ。

 我慢にも限度というものがある。夕食のあと、俺はえりりを散歩に誘うことにした。外で歩きながらのほうが、話を切り出しやすいかもしれないと思ったのだ。


 えりりは戸惑いつつも応じてくれた。

 目的地がないのもあれなので、とりあえず近所のコンビニに向かう。五分ほど歩いたところに、新しくできたばかりところがあった。


「夜はだいぶ過ごしやすくなってきたな」


 その道すがら、まずは無難な話題を振ってみた。

 暑さのピークは過ぎたのか、空気には秋の気配が混じり始めていた。


「そうですね」

「でも、もうすぐ夏休みが終わりってことでもあるから、複雑な気持ちだよな」

「ですね。わかります」

「えりりは夏休みの宿題って終わってる?」

「うちは夏休みの宿題なんてありませんよ」

「えっ、ないの?」

「はい」

「なんで?」

「必要ないからじゃないですか? うちの生徒は、宿題なんかなくても学習しますから」

「……そうきたか」


 俺みたいな一般人にはない発想だな……。


「悠真さんは宿題終わってるんですか?」

「いや、まだ地味に残ってる」

「ダメじゃないですか。あと一週間もないんですよ?」

「いつもなら終わってる頃なんだけどな」


 俺は七月中に終わらせるほど勤勉ではないが、かといってぎりぎりまで残すほどのんきでもない。八月の中旬くらいにだいたい終わらせるタイプだった。

 しかし、今年はえりりと遊ぶのにけっこうな時間を使ってしまったからな。

 まあ、厄介なのはもう片づいてるし、あと二日くらいかければ終わるだろうけど。


 と、テキトーな雑談をしているうちにコンビニに到着する。


「アイスでも食おうぜ」

「奢りですか?」

「ああ。ただしハーゲン以外な」

「じゃあダッツにします」

「一緒だよ」

「えー」

「えーじゃない。今月はもうそんなに余裕ないんだよ」

「仕方ないですねぇ」


 と、えりりはモナカタイプのやつを選んだ。俺は棒タイプのやつにしよう。

 会計をしてコンビニを出る。さっそく開封。包みはごみ箱に捨て、ぱくつきながら来た道を戻る。


 道路を横断して、車がほとんど通らない静かな道に入ったところで――

 さて、そろそろ思い切って訊ねてみよう。


「なあ、えりり」

「はい?」

「俺になんか言いたいことがあるだろ?」

「……いきなり直球ですね」


 えりりは苦笑した。


「まあね。そんなうまい持っていき方できないし、えりりならすぐ察しちゃうだろ」

「ですかね。悠真さん、わかりやすいですし」

「え、俺ってわかりやすい?」

「はい。お散歩に誘われた時点で、いつ切り出してくるのかなと思ってました」

「バレバレか」


 べつに隠す気もなかったけどさ。でもちょっと照れくさい。


「それで、質問の答えは?」

「……」


 えりりはモナカをパリッとかじって、ゆっくりとのみこむ。

 俺もアイスをひと口かじって、待つ。

 十秒ほど沈黙が続いて、聞き出そうとしたは失敗だったかなと不安に思った。


「話したくなかったら、無理に話さなくてもいいよ?」

「……いえ、話します。正直、悠真さんがこうしてきっかけをくれるのを待ってたところもあったんです」

「そうなの? だったらもっと早く言えばよかった」

「これくらいでちょうどよかったですよ。あんまり早かったら打ち明ける覚悟ができませんし」

「ならいいけど」


 えりりはふぅと吐息をもらして、話し始める。


「……実はわたし、ずっと悩んでたんです」

「なにを?」

「告白をするかどうかです」

「……誰か罪でも犯したの?」

「それは告発です。……真面目に聞く気あります?」

「あ、ごめんごめん」


 なごまそうと思ったのだが、ジロリとにらまれてしまった。

 仕切り直すように訊ねる。


「えっと、告白って、恋愛の告白?」

「そうです」

「……そっかあ。ベタにそっち方面の悩みだったんだ」

「意外ですか?」

「うん」


 うなずくと、えりりはすこしむっとする。


「……失礼ですね。わたしだって年頃の女の子なんですから、恋くらいします」

「いや、そういう意味じゃなくてさ。えりりなら悩むことなくスパッといい結果を得そうじゃん」

「……それは、なにを根拠に?」

「だって、かわいいし気が利くし料理が上手いって最高だろ。相手がどんなやつかは知らないけど、えりりから告白されたらイチコロでしょ」

「……本当にそう思います?」

「思うよ」


 上目遣いで訊ねてくるえりりに、力強く答えた。


「じゃあ、いまから告白してみますね」

「おう――え?」


 いまから? と訊く前に、えりりは口を開いた。



「悠真さん、好きです」

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