第12話 乙女の理屈

 ふたりの男がこちらに歩み寄ってくる。

 涼平と信二。

 俺に声をかけてきたのは、クラスでよくつるんでいるやつらだった。


 うーん、どこかでばったり出くわすかもしれないとは思ってたけど……。

 説明が面倒なので、できれば会いたくなかった。


「なんだよ、先約ってこの娘とデートだったのか」

 からかうように涼平が言った。

 うるせー。


「妹?」

 信二がまとな質問をした。


「違う。同じマンションの住人」

 まあ、そんなようなもんだけど。


「悠真ってロリコンだったの?」

 涼平が頭のおかしい質問をした。


「ちげーよ」

 殴るぞ。


「でも、かわいいお嬢さんだね」

「たしかに。悠真にはもったいないな」

 嫌味なく褒める信二に、涼平はうんうんと同意した。


「ほっとけよ」


 あっち行けと手を払う。

 俺をからかうだけならまだしも、そのためにえりりを巻きこむな。困るだろうが。


「あの、悠真さんのお友達ですか?」

 と、そのえりりが口を開いた。


「そうだよ。オレは飯島涼平。学校ではいつも悠真の世話をしてるぜ」

「うそつくな」


 てめえの世話になったことなんかねえ。


「そうですか。わたしは大江えりりです。家では悠真さんのお世話をしています」


 ……こいつの場合、うそつくなとは言えないな。


「あはは、おもしろい娘だね。オレは木梨信二。よろしく」

「はい、よろしくお願いします」

「……しかも礼儀正しい」


 感心する信二。

 その気持ちはよくわかる。小学生というイメージを打ち破る逸材だからな。


「じゃあ、もう行くわ」

 涼平はにやりとする。


「これから、三浦陽那たちと待ち合わせしてんだよ」

「え、まじで?」


 三浦さん、ひいてはその周辺グループは、学校でも指折りの美少女ぞろいである。もちろん競争率はものすごく高いだろう。夏祭りをご一緒できるなんてよっぽどのことだ。

 それがどうして……? という疑問に、信二が答えてくれた。


「まあ、三浦さんたちだけじゃないけどね。うちのクラスで来れるやつは、みんな海で花火しようぜって話なんだよ」

「ああ、そういうことか」


 納得した。

 しかし、海で花火かー。楽しそうだなー。


「……悠真さん。わたしに構わず、行ってきてもいいですよ?」


 俺の思考が伝わったのか、えりりが健気なことを言ってくれた。

 正直、お言葉に甘えようかなと一瞬思った。

 でも、やっぱダメだな。今日はえりりと来てるんだ。


「俺のぶんも楽しんでこいよ」

 と、ふたりに言った。


「おー、悠真は友情より恋をとったって伝えておくよ」

「うるせえ。おい信二。こいつ海に沈めといて」

「了解」

「ふふふ、オレを沈めても第二第三のオレが――」

「さっさと行け」

「そうだな」


 んじゃまたなー、とふたりは去っていく。

 それを見送って、「悪いな」と俺はえりりに謝った。

 えりりはきょとんとする。


「なんで悠真さんが謝るんですか?」

「なんでって、気を遣わせちゃっただろ?」


 信二はまだいいとしても、涼平はアホだからな。


「ぜんぜんそんなことないですよ」

 えりりは首を横に振る。


「むしろ気を遣ったのは悠真さんでしょう? いまからでもお友達のほうに行ってもいいんですよ?」

「……やっぱ、えりりはいい娘だなぁ」

「へ? なんです、急に?」

「いや、思ったことをつぶやいただけ。あいつらのとこには行かねーよ。花火なんかよりえりりといるほうが楽しいからな」

「――――」

「そろそろ行こうぜ」


 と、俺はベンチから立ち上がる。

 ふたりぶんのかき氷の空き容器をごみ箱に捨てて、


「えーと、あと、なにを買うって言ってたっけ?」

「……リンゴ飴ですよ」


 と、えりりも立ち上がる。


「ああ、そうだった。って、あれ? なんかえりり、顔赤くない?」

「き、気のせいです」


 俺の視線から逃げるように、えりりは顔を背けた。


「か、仮に赤かったとしても、それはアレです。リンゴ飴の話をしてるからです」

「どんな理屈だよ」

「乙女の理屈です」

「なんだそれ」

「……もう、わたしも思ったことを口に出したいですよ」


 えりりは恨めしそうに言った。


「出せばいいじゃん」

「……出していいんですか?」


 上目遣いでこちらを見つめてくる。


「なんだよ、悪口か?」

「…………はぁぁー」


 えりりはこの夏一番大きなため息をついた。


「どうした?」

「悠真さんのせいで疲れました」

「は? 俺のせい?」

「……手」


 と、えりりが右手をこちらに差し出してくる。


「なに?」

「つないでください」

「……なんで?」

「悠真さんは歩くペースがちょっと速いです。年下の女の子、しかも浴衣に下駄ですよ? もっと気を配ってください」

「うっ」


 言葉に詰まる。いちおう気にしていて、ゆっくり歩いていたつもりだったんだけど、それでもまだ速かったか……。


「だから、ここからは手をつないでわたしのペースに合わせてもらいます。そうしたら、今夜は許してあげます」

「……悪かったよ」


 誠意をこめて謝罪して、俺はえりりの手を取った。

 すこし照れくさく、思わず苦笑がもれる。


「なんか、ほんとにデートみたいだな」

「……わたしは………………したよ」

「え、なんて?」


 お祭りだけあって、周囲はそれなりにうるさい。小声でしゃべられると聞こえない。


「悠真さんはいつか刺されますって言いました」

「……誰に?」

「わたしにです」

「おまえかよ」


 大胆な犯行予告だな……。


「覚悟しててください」

「やめてくれ」

「やです。復讐ですよ。だって、わたしなんかもう何回悠真さんに刺されたかわかりませんもん」

「いつ俺がそんなことした?」

「自分の胸に聞いてください」


 ツンとえりりは言って、リンゴ飴の出店があるほうに足を向けた。

 俺は首をかしげながらついていく。


 ――えりりにそんなひどいことしたか?


 残念ながら、俺の胸はなにも答えてくれなかった。

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