第22話 いい22の日

「あ、今日は『いい夫婦の日』なんですね」


 十一月下旬の平日。夕食後。

 ソファで食休みをしつつ、えりりとテキトーに報道番組を眺めていた。

 すると、芸能人の結婚に関するニュースになり、


『十一月二十二日。いい夫婦の日に、籍を入れさせていただきました』


 というコメントが流れてきた。


「わたしたちも、将来この日に入籍しましょうか? それとも、どちらかの誕生日とかのほうがいいですかね? あっ、でも、初めて相合い傘をした、あの日付にするのもいいですね! 悠真さんはどう思います?」

「まず、入籍する前提なのがおかしいと思う」


 冷静にツッコむと、えりりは不満げな声をあげる。


「えー、なんですかそれ。もうそこは前提にしちゃっていいじゃないですか。わたしたちはもはや、地球と太陽のような関係ですし、これからもずっと一緒です」

「……それ、周回軌道を巡っているだけで、交わることはないけどな」

「いえ。一説によると、五十億年後くらいには太陽が膨張して、地球をのみこむらしいですよ?」

「そうなんだ……」

「ケタは違いますが、五という数字に縁のようなものを感じますね」


 その場合、果たしてどちらが地球で、どちらが太陽なのか……。

 まあ、あえて訊くのはやめておこう。

 どっちにしても、こちらがなんかむず痒い気持ちにさせられそうだし。


「てか、語呂合わせの問題で、十一月はいい○○まるまるの日が多いよな」

「ですねー。たしか明日の二十三日も、『いい夫妻の日』だったような気がします」

「なんだそりゃ。めっちゃかぶってじゃん」

「まあ、いい日はいくつあってもいいですしね」

「それはそうかもしれんけど……。でも、俺が十一月だったら、ずっといい日にしなきゃいけないというプレッシャーで、胃が痛くなりそうだわ」

「なんで暦に感情移入してるんですか」


 えりりはくすりと笑い、さらに話を振ってくる。


「ちなみに悠真さんでしたら、今日はどんないい日に制定します?」

「あー、そうだな」


 22だから、えーと……。


「『いいニンニンの日』とか?」

「ものすごくバカっぽいですね」

「いや、でも忍者だし、日本人的にはポイント高いだろ」

「なるほど。そういえばわたし、ささやかながら忍術の心得がありますよ」

「まじか」

「ええ。ご覧になりますか?」

「ああ、ぜひ見たい」


 なにをやるのか知らんけど、そう言われたら興味をひかれる。


「では、いきます」


 えりりは両手を組み合わせ、なにやら印っぽいものを結ぶ。


「りん! ぴょう! とう! しゃ! かい! じん! れつ! ざい! ぜん!」


 そして――


「忍法金縛りの術!」


 むぎゅっとこちらに抱きついてきた。


「ふふふ、どうです悠真さん? 身動きがとれないでしょう?」

「……いや、金縛りっていうか物理じゃん」


 よくこれで心得があるとか言えたな。忍術なめんな。


「てか、離れろ」

「ダメです。この忍法は発動したら一時間は解除できません」

「忍法くすぐりの術」

「えっ――あはははっ! ちょっ悠真さんあはははっ、そこは、あはははっ!」


 脇腹などをくすぐってやるとえりりは爆笑して、逃げるように離れた。

 息を整えながら、恨みがましい目を向けてくる。


「はぁはぁ……乙女の柔肌にふれるなんて、悠真さん、えっちですよ」

「おまえが離れないのが悪いんだろ」

「正論は聞きたくありません」

「えぇ……」


 なにその開き直り。なんにも言えなくなるじゃん。

 俺は苦笑して話題を変える、というか戻す。


「えりりだったら、今日をなんの日に制定する?」

「わたしですか? えーと、そうですねー。夫婦以外ですと……」


 えりりは十秒ほど思案して、パッと笑顔になる。

 両手を顔の前に持ち上げて、くいくいと招くようなポーズをとった。


「『いいニャンニャンの日』ですね」


 ……なるほど。そうきたか。

 バカっぽさではニンニンと大差ないが、ちょっとかわいらしいと思ってしまった。


「まあ、悪くはないな」

「えへへ、ありがとうございます。それじゃあ悠真さん、この日を祝して」

「祝して?」

「わたしとニャンニャンしましょうか」

「しねーよ!」


 その言い方だとなんかすごくアレな感じが漂うだろうが!

 まったくこいつは……いい性格してるよな。

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