第21話 ウソついたら

 文化祭の翌日。日曜の朝。

 目を覚ますと、えりりが隣で寝ていた。


「……はあ」


 盛大にため息がもれる。もちろん驚いたが、近頃は週に一回くらいのペースでやられるので慣れてきつつあった。徐々に距離を詰められているような、イヤな慣れである。


 えりりは幸せそうな顔をして、すーすーと気持ちよさそうな寝息を立てていた。

 ――こいつ、ガチで寝てやがる……。

 なにやってんだよ、と脱力した。人を起こしにきといて寝落ちとか、ミイラ取りにもほどがある。


 時計を確認すると、午前十一時を回っていた。休日でも九時にはえりりに起こされるので、こんなに寝たのは久しぶりだ。

 なんならこのまま二度寝してやろうか。いや、さすがにないか。上半身を起こす。


「おい、えりり」


 肩を軽く揺すると、えりりはすぐに目を覚ました。

 ふわぁ、とかわいらしいあくびをして、ふにゃふにゃとした声で言う。


「おはようございましゅ、悠真さん」

「おはよう、だけじゃないよな? ほかにも言うことあるよな?」

「愛しています?」

「ちげーよ。なんでそれだと思った」

「アイラビュー」

「英語にしただけじゃん」

「にゃにゃにゃにゃん❤」

「猫語!?」


 意味わからんけど、ちょっとかわいいのが悔しい。


「てゆーか言語の問題じゃねえ。寝起きの相手に告白を要求するか」

「って、なんでわたし悠真さんのベッドで寝てるんですか!?」

「なんでって、忘れるなよ……」

「まさか悠真さん、わたしが寝ているあいだに運んできたんですか……!?」

「濡れ衣だ! おまえが潜りこんできたからだろ!」

「証拠はありますか?」

「うっ……」


 そんなもんはない。起きたら隣にいたんだもん。


「でしょう? 忘れているのは悠真さんのほうかもしれませんよ?」

「そんなわけあるか」

「あー、うっすらと思い出してきました。たしか昨夜、悠真さんから呼び出されて、添い寝しろよと無理やり」

「うそつけ」


 悪質な捏造すんな。


「うそじゃないです。夢のなかでたしかに悠真さんは言いました」

「現実じゃねえじゃん」

「はっ、そうでした! もう、なんで起こしたんですか! せっかく俺さまキャラの悠真さんときゃっきゃうふふな夢だったのに!」

「知るか」

「責任とって正夢にしてください」

「夢での言動に責任とれるか」


 俺はベッドから立ち上がる。


「どこに行くんですか?」

「トイレだよ」


 用を足し、ついでに洗面所で顔を洗って部屋に戻る。

 えりりはまだベッドにいた。俺はそれを横目に椅子に腰かける。


「おなか空いてます? そしたらなんか作りますけど」

「だらしないのか勤勉なのかどっちだよ」

「悠真さんのベッドでだらだらするのも好きですが、悠真さんのお世話をするのも好きということですよ」

「……腹減ってないわけじゃないけど、もうすぐ昼飯だろ。それまで待つよ」

「じゃ、もうちょっと一緒に寝てましょうよ」

「遠慮しておく」

「えー」


 えーじゃねえ。


「てゆーか、なんで起こさずに寝てたんだよ」

「それには全わたしが震撼した驚愕の理由があります」

「聞いてやろう」

「いつもどおり悠真さんを起こしにきたんですけど、文化祭でお疲れだと思って、もうちょっと寝かせてあげようと思って、ついでだから寝顔でも眺めてようと思って、気がついたら寝てました」

「予想どおりすぎるわ」


 その気遣い自体はありがたいけれど。

 二日間の文化祭に加えて打ち上げもあったからな。

 実際、昨夜はかなり疲れていた。


「ところで悠真さん、昨日何時に帰ってきました? かなり遅かったでしょう?」

「十時くらいかな」

「うわ、不良ですねー」

「高校生ならこれくらいは許容範囲だろ」


 こんなこと年に何回もないし。もっと遅くまで残っていたやつもいたはずだ。


「そんな遅くまでなにしてたんですか?」

「ファミレスでだべってただけだよ」

「ふうん、あの無駄にテンション高い人もいましたか?」

「三浦さんのこと? もちろんいたけど。えりりのこと褒めてたよ」

「……それは素直に喜べませんね」

「なんで?」

「あの人は敵です」

「敵って」


 また物騒な表現を。


「悠真さん、恋愛感情はさておいて、あの人のこと好きでしょう?」

「……まあ、ルックスも人柄もいいし、嫌いな人はいないと思うよ」

「だから敵です。悠真さんがわたし以外の女に惚れるとしたら、いまのところあの人っぽいです」

「あー、それはそうかも」


 いや、正直そんなことにはならないと思うが、ほかに候補もいないからな。

 消去法的に考えると、そのとおりかもしれない。


「ほら! って、あっさり認めすぎじゃないですか!?」


 えりりはちょっと泣きそうな顔になり、


「もしかしてすでに毒牙に……!?」

「毒牙ってなんだよ。てゆーかどう考えても杞憂だし」

「なんでですか!? わたし史上最大のピンチですよ!」

「たとえ本当に惚れたとしても、俺なんかじゃ相手にされないって」

「悠真さんは『なんか』じゃありません」


 えりりは即座に否定してきた。


「それは悠真さんが大好きなわたしへの侮辱になります。悠真さんの悪口は、たとえ悠真さんだって許しませんよ」

「……まじか」


 俺に対してどんな権限を持ってるんだおまえは。

 とはいえ、相手が好きな人じゃなくても、自虐を聞いて楽しい人はあんまりいないか。今後はすこし注意しよう。


「たしかに、悠真さんとあの人じゃ釣り合ってませんけど」

「おい。おまえが悪口言ってどうする」

「わたしはいいんです」

「本人でもダメなのに!?」

「というか、悪口じゃなくて客観的事実です」

「……まあ、そうだけど」


 自分で言ったばかりなのに、あらためて人から言われるとちょっとへこむな。


「ですが、可能性がないわけじゃなさそうです」

「え、まじで?」

「はい。あの人の悠真さんに対しての好感度は、それなりに高そうでした」

「んー、でも、三浦さんって誰にでもあんな感じだぜ? 誰とでも親しくなれるスキルっていうか、えりりだって最終的にはけっこう仲良くなってたじゃん」

「そこが一番厄介なところなんです」

「へ?」


 どういうことだ?


「最強の敵なのに、嫌いになれないっぽいんです。たとえば、悠真さんが本気であの人に惚れてしまったら……わたしは反対できないかもしれません」

「へえー、そうなの?」

「いや、やっぱり反対します」

「どっちだよ」

「猛反対です」


 しかもけっきょく反対かよ……。


「……ですが、もしわたしが悠真さんの妹だったら全力でプッシュします。敵を褒めるのはしゃくですが、器がすごく大きいです。こんなお姉ちゃん欲しいなとかちょっと思っちゃいました」

「あー、わかるわ。三浦さんみたいな姉ちゃんいたらいいよなー」

「……共感しないでください」


 えりりがあきれる。


「わたしのことも妹とか言うし、悠真さんは恋人よりも姉妹がほしいんですか? どんな願望ですか」

「いや、恋人だといろいろ考えちゃうけど、姉妹だったら気兼ねないじゃん」

「ダメな男ですね」

「そうだよ。えりりが過大評価しすぎなんだ」

「まあ、あんまり自信を持たれても、ライバルが増えちゃうんでちょうどいいですが」

「だから、そんなライバルなんかいねえって」

「それはわたしが判断します。ともあれ、文化祭に行けたのは収穫でした。危うくスルーしてしまうところでしたからね。って、そうでした。その件についてはまだ言いたいことがあります」

「……だから、それはごめんって」


 まだ根に持ってるのか。いや、悪いのはこっちなんだけど。


「べつにもう怒ってません。そうじゃなくて、あのとき邪魔が入ったので、話が途切れちゃったんです」


 えりりは一層真面目なトーンで、


「悠真さん、ひとつ約束してください」

「なにを?」

「もうわたしにうそはつかないって」

「……」

「わたしも悠真さんの気持ちを尊重して、本気で迷惑になることはしませんので」

「……わかった。約束する」

「ありがとうございます」


 と、えりりは微笑んだ。


「うそついてもすぐ見破られそうだしな。今回で懲りたよ」

「いい心がけです。ついでに指切りもしときましょう」


 えりりがベッドから下りてこちらに近づいてくる。


「いや、そんなのわざわざしなくていいよ」

「わたしがしたいんです。ほら、薬指出してください」

「なんで薬指?」

「古来より左手の薬指は心臓、すなわち心につながってるとされているんです。なので、誓いを交わすならこの指が一番相応しいでしょう」

「ああ、だから結婚指輪もそうなのか」

「ですね」

「どうでもいいけど、なんでそんなこと知ってるんだ」

「恋する乙女ですから」


 理由になってるんだかなってないんだか微妙なことを言って、えりりが薬指を絡めてくる。


「やりづら……」

「この際それは重要じゃありません」

「はいはい」

「では、健やかなるときも病めるときも」

「おい。指切りだろ」

「……ゆーびきりげんまーんうそついたらっけっこんしてもーらうっ」

「針千本だろ!?」

「指切った」


 えりりは指を解いて、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「はい、これで契約成立です」

「……きたねー」

「さっそくうそついてもいいですよ?」

「やだよ。こうなったら意地でもうそはつかねえ」

「ま、それならそれでいいですけどね」


 さて、とえりりが話を変える。


「そろそろお昼ご飯作り始めますか。なにかリクエストあります?」

「なんでもいいよ」

「では、にぼしだけで」

「それはイヤだよ」

「あーっ、なんでもいいって言ったのに! うそつきましたね!」

「ちょっ、待て! いまのは違うだろ!?」

「いやー、どうですかねー、アウトじゃないですかー?」

「なんでもっていうのは、えりりのちゃんとした料理ならなんでもいいってことだよ!」


 慌てて釈明する俺に、えりりは「あはは」と笑った。

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