第31話 女子会を熱心に見つめる男子高校生の図
「お待たせ、えりり師匠!」
「あー、やっぱリビングあったかーい。陽那の部屋、すごく寒かったよ……」
思ったよりも早く、三浦さんと長峰さんは戻ってきた。
たぶん五分もかかってない。気を遣って急いでくれたのだろう。
「ふふふ、どう? いい感じにダサいでしょ?」
三浦さんは得意げに笑い、着替えてきた服を見せつける。
上はうちの学校のジャージで、下はゆったりとしたグレーのスウェット。
どう見てもちぐはぐな印象で、まぶしかった脚線美が見事に隠れていた。
「まさか川原くんに、こんな格好を見せることになるとはねー」
と、長峰さんは苦笑する。
こちらは三浦さんとは逆の構成で、上がゆったりとしたスウェット、下が学校のジャージだった。
当然ながらおしゃれとはほど遠く、身体のラインが消されていた。
「ふむふむ。即興のわりには、いい感じに色気をおさえてますね」
えりりはうなずいて、
「ちなみに、悠真さん的にはどうですか?」
と、非常に答えにくい質問をしてくる。
「えぇ……まあ、ダサいんじゃないか?」
そういう目的なのはわかっているので、空気を読んでコメントする。
「あはは、川原くんにダサいって言われたー」
「ふふ、ファッションとかわからなそうな川原くんに言われると、ちょっとイラッとするね」
どちらも笑ってくれているが……長峰さんの笑顔はちょっと怖いです。
「でも悠真さん。正直『これはこれで』とか思ってません?」
「……ノーコメント」
えりりに追及され、俺はさっと目をそらした。
まあ、つまり……図星である。
気を許した人しか見ることができない油断した部屋着だと思えば、まさに『これはこれで』という感じで、たしかに色気こそあんまりないが、魅力がないわけではなかった。
というか、ぶっちゃけ、アレだ。
ふたりとも顔とスタイルがいいから、なにを着てもそれなりにサマになっちゃうんだよ。
「むぅ……残念ながら、悠真さん的にはこれでもぜんぜんアリみたいですね」
俺の表情から察したのか、えりりがくちびるをとがらせてそんなことを言う。
思考を見透かされるのはもうしょうがないと思うけど、それをクラスメイトに暴露するのはやめてほしいなあ……。
「えー、これがアリって、川原くん見境ないなー」
「男子ってすぐ自分に都合よく解釈するよね」
三浦さんと長峰さんがくすくす笑う。
いや、なんで俺が笑われなきゃいけないんだよ……。
なんかすげえ恥ずかしいんだけど……。
「まあでも、参考になりましたし、今回はこれで妥協しましょう。時間ももったいないですしね」
と、えりりは勝手なことを言った。
参考ってなんだよ、とはツッコまない。
掘り下げたらむしろこちらがダメージを負いそうだからな……。
「まずは材料を確認させてください」
「あ、うん。よろしくお願いします、師匠!」
「よろしくね、えりりちゃん」
ともあれ、ようやく女子三人はダイニングキッチンに入った。
俺はダイニングテーブルからその様子を見守ることにする。
今回は三浦さんのリクエストにより、ブッシュドノエルを作ることになっていた。丸太を模した、定番のクリスマスケーキである。
作り始めてから十分くらいは、俺はかなりそわそわしていた。
またぞろえりりが、俺を精神的に追いつめるようなことを言うんじゃないかと、気が気じゃなかったのだ。
だけど、杞憂だった。
そこからは本当に、拍子抜けするくらい平和だった。
えりりの丁寧な指導に、三浦さんと長峰さんは感心し……。
たまに三浦さんがボケたことを言うと、えりりと長峰さんが容赦ないツッコミを入れ……。
ケーキ作りとは関係ない、ファッションとかテレビとか本の話題も交えたりして……。
きゃっきゃうふふと和気あいあい。
俺の存在を忘れてるんじゃないかってくらい、女子たちだけで楽しそうに料理していた。
そうそう、こういうのでいいんだよこういうので。
見たかった光景を見ることができて、俺はたいへん満足だった。
なにより、えりりが本気で笑っているのがいい。
考えてみれば、えりりにとって料理は特技であると同時に、趣味でもあるんだよな。
だけどその趣味に、俺はついていくことができない。
漫画の話ならいくらでもできるけど、料理は本当に向いていないのだ……。
なんせ前にえりりの料理を手伝おうとしたら、
『ちょっ、危なっかしいので悠真さんは包丁を持たないでください!』
『フライパンを振ればカッコイイと思ってるんですか? しかもぜんぜん混ざってないんですけど?』
『おしょうゆ入れすぎ! 手元のコントロール、ガバガバなんですか!?』
『盛りつけのセンスがご臨終しているようですね』
『……調理中はもう、悠真さんはキッチンに入らないでください』
と、自宅のキッチンを出禁にされたからな……。
しかし。
そんなクソポンコツな俺と違って、三浦さんや長峰さんなら、えりりと女子トークをしながら料理をすることができる。
文化祭でもその片鱗はあったけど……。
あのときは時間が限られていたし、状況がかなり特殊だったので、そこまで深く考えたりはしなかった。
でも、考えればよかったなと、えりりの笑顔を見て思う。
だから、三浦さんと長峰さんには感謝したい。
こういう機会を作ってくれて。
俺にはできない方法で、えりりを楽しませてくれて。
願わくば今後とも、えりりと仲良くしてほしい。
そして、お菓子やなにかを作った際は、ご相伴にあずからせてもらえると幸いだ。
「あっ、川原くんがめっちゃニヤニヤしながらこっち見てるっ」
「あはは、なんかすっごく幸せそうだね。女子会をのぞけてうれしいのかな?」
「……おふたりとも、うちの悠真が気持ち悪くてすみません。あとで叱っておきますね」
…………前言撤回。
えりりと三浦さんと長峰さんは、これからも仲良くやってほしいが……。
俺はそこに加わらなくて大丈夫です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます