第32話 雑談しながらの帰り道
ブッシュドノエルのほかに、余った材料でほかのケーキも作ったりして、試食という名のお茶会をして、気がつくと十八時を過ぎていた。
長峰さんは残って三浦さんと夕飯をご一緒するとのことだが、俺とえりりはそろそろお暇しようということになる。
三浦さんと長峰さんは名残惜しそうに、玄関で見送ってくれた。
「今日はほんとありがとね、えりり師匠! すごく楽しくて勉強になったよ!」
「そう言っていただけてなによりです。不覚にも、わたしも楽しかったです」
「私も本当に楽しかったー。絶対また遊んでね、えりりちゃん」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
ひとしきりえりりと微笑ましいやりとりをして、いちおうおまけにも声をかけてくれる。
「ついでに川原もおつかれさまー」
「川原くんはまた明日だね。あ、今日のことをネタにしてもいい?」
「長峰さん、後生ですからどうか内密にお願いします……」
単純に恥ずかしいし、三浦さん家にお邪魔したなんて知られたら、男どもからなにを言われるかわからん……。
下手したらパーティーが血祭りになるぞ……。
「へへー、これでまた、川原くんの弱みを握っちゃったね」
「陽那さん。悠真さんを困らせるようなことしたら破門ですからね」
「あ、はい……」
「千絵さんも、悠真さんをからかうと楽しいのはわかりますが、ほどほどにしてあげてください」
「はーい」
えりりに注意され、ふたりは素直に返事した。
……なるほど、そうか。
長峰さんは対等だが、弟子である三浦さんはえりりより力関係が下なのか。
このふたりさえ味方につけておけば、教室内での立場は保証されるし、もしなにかまずい事態になったときは、えりりから根回ししてもらおう。
女子小学生に守られる男子高校生って……とかそういうことは考えないことにする。
「では、お邪魔しました。おふたりとも、よいクリスマスをお過ごしください」
「うん、師匠もね!」
「川原くんも。えりりちゃんとの聖夜を楽しんでね。変な意味じゃなく」
「……補足されなくてもわかってるよ」
最後にそんな挨拶を交わし、手を振り合って、三浦さん家をあとにした。
当然ながら外はすっかり真っ暗だ。夜空を仰ぐとオリオン座が見えた。
かなり冷え込んでいて、思わず白い息を両手に当てた。
そんな俺の仕草を見て、えりりが腕を絡めてくる。
「寒いなら、こうやって歩きましょう」
「…………家に帰ったら離れろよ」
実際すごくあたたかかったので、振り払う気になれなかった。
「あれ、やけに素直ですね? これがクリスマスマジックですか? それともついにデレたんですか?」
「そんなんじゃねえ。カイロ代わりにはちょうどいいってだけだよ」
「うわ、女子小学生をカイロとして使うって、なんだかすごく事案っぽいですね」
……たしかに。自分で言ってなんだけど、人としてかなり最低っぽい。
「あっ、あんなところに交番が!」
「――まじで!?」
「冗談です」
「……そういう冗談はやめてくれる? 心臓に悪いから……」
「あはは、すみません。そんなガチで驚くとは思わなくて」
ころころと笑うえりりに、俺は深々とため息をついた。
いや、冷静に考えると、本当に交番があっても問題ないんだけどな。
なにもやましいことはしてないし、下心もないのだから。
というわけで開き直って、えりりにひっつかれたまま駅に向かって歩いていく。
「このあとは高級レストランで、夜景を楽しみながらディナーですよね?」
「そんな予定はねえ。いつもどおり我が家でのディナーだよ。てゆーか昨日のうちに、準備してくれてたじゃねえか」
ちなみに、俺のリクエストによりすき焼きである。
クリスマスとはあんまり関係ないが、ごちそうには違いない。
えりりが作る割り下は絶品なので、一度作ってもらって以来、すっかり大好物になっていた。
「――とか言いつつ、サプライズでロールスロイスが迎えに来たりして……」
「だからねえって」
しかもロールスロイスて。
高校生にそんな経済力あるわけない。
「そもそも、えりりはそんなことされてうれしいのか?」
「悠真さんがしてくれたらうれしいですよ。まあ、お金がもったいないので、してほしいわけではないですが」
「だろ」
「やっぱりうちですき焼きくらいの贅沢が、わたしたちにはちょうどいいですね」
「そうそう。下手なレストランより、えりりの料理のほうがうまいしな」
「わ……今日はほんとに素直ですね。そんなにわたしを喜ばせるようなことを言っていいんですか?」
「……まあ、三浦さんと長峰さんのおかげで、いい気分だしな」
「もう……ここでほかの女の名前を出しますかね」
ジト目を向けられ、ぺしっと肩を叩かれた。
「でも、ずいぶん仲良くなったよな。いつの間にか、えりりもふたりを名前で呼ぶようになってたし」
「まあ、そうですね。千絵さんとは単純に気が合いますし、陽那さんはちょっとアレなところもありますが、やっぱり接していて楽しいです。なによりおふたりとも、わたしと悠真さんの仲を応援すると言ってくれましたからね」
「……え、待って。いつそんな話をしたの?」
「『ニヤニヤしていて気持ち悪い』っておふたりに言われて、悠真さんがいじけて外に出てたときです」
あー、そうか。べつにいじけていたわけではないが、ずっと眺めているのもなんだと思って、三十分くらいぶらぶらしてたもんな。
あと、『気持ち悪い』って言ったのはふたりじゃなくてえりりだからな?
大事なところだから、そこは間違えるんじゃない。
「そういえば、悠真さんと陽那さんはちょっと似ていますね」
ふと思いついた様子で、えりりが言った。
「え……」
「あはは、イヤそうな顔ですね」
「いや……俺はあんなにア――天然じゃないと思うけど」
「完全にアホって言いかけましたね」
「言いかけてない」
ちょっと噛んだだけってことにしてくれ。
「まあいいですけど。でも、ほんとに似てると思いますよ。悠真さんが十倍明るくなって、考える前に行動したり、思ったことをそのまましゃべるようになれば、あんな感じになるような気がします」
「……それは、似てるって言えるのか?」
「うーん、そう言われると、たしかに微妙ですね」
えりりは苦笑して、
「まあでも、なんというか、どちらも一緒にいると心地よくて、安心感があるんですよ。だから、千絵さんが陽那さんと仲良くしているのは、よくわかります」
「……なるほど」
たしかに三浦さんには安心感がある。裏表がなく、めっちゃいい人だからな。
自分もそうだとは、ぜんぜん思わないが……。
そういう部分が似ていると言ってもらえるのは、光栄なことだ。
「言うなれば、陽那さんは悠真さんの上位互換ですね」
「……それは、あえて言わなくてもよくない?」
「でも、もちろんわたしは、悠真さんのほうが好みですよ」
「……それも、あえて言わなくていいよ」
「ふふ、悠真さんがそうやって照れるから、ついつい言いたくなっちゃうんですよ」
くそ、いいように転がしてくれやがって……。
「悔しかったら、照れ隠しの技術を向上させることですね」
「……どうすれば向上させられるんだよ」
「そうですね。まずは照れ隠し検定の五級を目指すといいでしょう」
「あー、その検定、なんか前にも言ってたな。教材はどこで売ってるんだ?」
「そんなものありませんよ。平安時代から口伝のみで継承されています」
「どんな伝統芸能だよ……」
「和歌で恋心を伝えていたのも、実のところ照れ隠しなのです」
「そうだったのか……」
どう考えてもこじつけだが、ちょっと納得しそうになってしまう。
「まあでも、今回は特別に、わたしがマニュアルを作成してあげます」
「いいのか?」
「ええ。ほかならぬ悠真さんのためですからね」
「ありがたい」
「お代は十八万円でけっこうです」
「金とるのか……」
しかも超高いし。
「いまなら特典として、わたしのセミナーに無料で招待してあげます」
「怪しいにおいしかしない……」
「さあ悠真さん。二万時間のトレーニングを積んで、一緒に人生を変えましょう!」
「いや、そこまでして変えたくないわ」
「なるほど。では今後も、わたしに照れさせられる人生をお送りください」
「えぇ……」
どっちみち俺の人生を支配する気満々じゃん……。
「逆に、わたしを照れさせてもいいんですよ?」
「……それはそれで、難しいな」
「いえいえ簡単です。わたしはちょろい女なので、ちょっと愛をささやきながら婚約指輪と婚姻届けを用意してくれれば、もう照れまくりですよ」
「ぜんぜん簡単じゃねーわ」
そしてやっぱり人生確定コースだし……。
と、そんなことを話しているうちに、駅に着く。
「電車のなかではくっつくなよ」
「えー、べつにいいじゃないですか。どうせ今宵はわたしたちのようなカップルだらけですよ」
「俺たちがカップルみたいな言い方をするな」
「はいはい、わかりましたわかりました。悠真さんが素直になるまで、もうしばらく我慢しますよ」
えりりは嘆息し、やれやれと肩をすくめた。
なんかこっちがわがままを言っているような態度である……。
あと、その『しばらく』はいったいどれくらいを想定しているのか、ちょっとだけ気になったが、あえて訊くのはやめておいた。
しばらく電車に揺られ、自宅の最寄り駅でおりる。
改札を抜け、夜風にさらされると、また寒さが身にしみた。
「ふふ、悠真さん。またわたしにくっついてほしそうな顔をしてますね」
「……そんな顔はしてないよ」
「そうですか。ではくっついてあげません」
「…………」
「もう、ちょっと残念そうな顔をしないでくださいよ。ときめいちゃうじゃないですか」
「いや、だからそんな顔はしてねえって。つーかしょうもないこと言ってないで、とっとと帰るぞ」
早く暖房が効いた我が家で、すき焼きをつつきたかった。
しかし、なかなか思うようにはいかず、
「あ、すみません。ちょっと寄り道してもいいですか?」
と、えりりが言い出した。
「なに? コンビニ?」
「いえ、違います。でも、すぐ近くなので付き合ってください」
「まあ、いいけど」
いったいどこに寄るのだろう?
と思いつつ、俺はえりりについていった。
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