第17話 えりりん弁当
早いもので、二学期も一週間が経過した。
休みボケもなくなり、すっかり教室での日常が戻ってきた。
ただ、ひとつだけ、一学期とは違うところがあった。
えりりお手製の弁当である。
気がつくと、クラスでちょっとした話題になっていた。
発端は涼平だ。ずっとコンビニか購買に頼っていた俺が手作り、しかも妙に凝った弁当を持ってきたものだから、まずこいつがひと口くれと言ってきた。仕方なく分けてやったら、大げさに「うめえ!」と騒いだ。すると信二もくれと言ってきて、同じく「うまい!」と絶賛した。
そうなれば、ほかのやつらも興味を持つのは自然の成り行きだ。いまじゃおかず交換の順番待ちができるほどになっていた。
ちなみに、突然手作り弁当にシフトしたのは、母親が料理に凝り出したからということにさせてもらった。さすがに近所の小学生に作ってもらっているとは言えないからな……。
「へえ、そんなことになってるんですか」
学校から帰宅して、弁当の評判を話してやると、えりりは目を丸くした。
「ああ、うらやましいってすげえ言われる」
「それは素直にうれしいですね」
と微笑んで、
「では、ご褒美をいただきましょうか」
「はいはい」
えりりの頭をなでる。これもすっかり恒例になっていた。
「そろそろ逆に、わたしが悠真さんの頭をなでてもいいですかね」
「イヤだよ」
「えー」
「えーじゃない」
そんな構図、想像するだけでしんどいわ。
べつの要求をされてもつらいので、話を弁当に戻す。
「麗千での評判はどうなんだ?」
当たり前だけど同じ弁当だ。お嬢様学校ではどう評価されているのか気になった。
「こっちではべつにふつうですよ」
「そうなの?」
「はい。おかず交換はよくしますが、ほかの娘のはもっとハイレベルだったりするので」
「……なるほど」
さすがというかなんというか……。
「こっちでは毎日おかずを守るに必死なのにな」
「あはは、そうなんですか?」
「ああ、下手したら全部取り替えられちゃうよ」
「それは言いすぎでしょう?」
「いや、まじだよ。今日なんか、とうとう女子からも頼まれちゃったし」
「――女子から?」
いきなりえりりの表情が険しくなった。
あれ……? もしかして俺、地雷踏んだ?
これ以上ないほどのジト目で、えりりが訊ねてくる。
「それで、交換したんですか?」
「した、けど……?」
「ふーん、へえー、わたしは悠真さんのために丹精こめて作ってるんであって、図々しい女のためじゃないんですけどねー」
「ぅ……」
「まあ? 悠真さんにお渡しした時点で? 悠真さんのものなので? それを悠真さんがどうしようと? 悠真さんのご勝手なのですけどねー」
「…………」
……………………。
「ところで、その女子さんのお弁当の味はいかがでしたか?」
「……悪くはなかったけど、えりりが作ったやつのほうが十倍くらいうまいかな」
「そうですか。では今後、女子とおかず交換するのはやめたほうがいいんじゃないですか?」
これだけ圧力のある疑問系は初めてだ。
「そう、かな……?」
「だって、わたしのほうが十倍おいしいんでしょう?」
「そうだね。うん、じゃあそうするよ」
男子高校生が女子小学生に屈服させられた瞬間だった。
「それがいいですよ。あんまりおかずを交換しすぎると、栄養バランスも崩れちゃうかもしれませんし。これでもいちおう、そのあたりも考えて作っているので」
「そっか……いつもありがとな」
「いえ、悠真さんのためですから」
にこっ、とえりりは笑った。
――こえーよ、とはもちろん言えなかった。
翌日。
俺の弁当は驚愕のテロ行為だった。
白飯に桜でんぶで、でっかく『LOVE』と書かれていたのだ。
おかげで俺は、重度のマザコンだと認識されてしまった。
もちろん、断固たる決意を持ってえりりに抗議した。
「ふざけんな! こんなことするなら二度とえりりの料理は食わないぞ!」
「ええっ!? いやです! すみません! もうしません! ちょっと魔が差しただけなんです!」
「ほんとだな!?」
「神に誓います!」
というわけで、次の日からはまたふつうのおいしいだけの弁当に戻った。
しかしそれ以来、女子からおかず交換を求められることはなくなった。
当たり前だけど、すごく切なかった……。
ただ、考えてみれば、マザコンはまだマシだった。
もし、母親ではなく近所の女子小学生に作ってもらってると話していたら――――
あとでそのことに気づいて、めちゃくちゃぞっとした。
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