第46話 慈悲にあふれた裁きの鉄槌
すべての生地を焼き終え、クッキーが冷めるのを待っているあいだ。
女子三人にはテーブルで休憩してもらい、俺はボウルやゴムベラなど、使い終わった道具を流しで丁寧に洗っていた。
いちおう言っておくと、べつにやらされているわけじゃない。
三人のおかげで楽しい時間を過ごせたので、これくらいはやらせてほしいと願い出たのだ。
で、洗い物をしていると、当然ながら手が濡れる。
スマホをさわることはないので、俺はテーブルに置きっぱなしにしていた。
それが、まずかった。
洗い物をひととおり片づけ、俺も休憩させてもらおうとテーブルに行くと……。
なんだか、様子がおかしかった。
お菓子だけに、なんて言えないくらいの空気である。
三人とも口を閉じ、椅子に座る俺のことを見つめていた。
「え、どうしたの……?」
内心びくつきながら訊ねると、隣のえりりが口を開いた。
「その、ちょっと言いにくいのですが……」
「……なに?」
「さきほどから、悠真さんのスマホが何度もラインを受信していて……」
「あ、そうなの?」
「はい。それで、すみません。盗み見するつもりはなかったんですが、通知を受けているときに、メッセージの一部が目に入ってしまいました」
「いや、それくらいべつにかまわないけど」
テーブルに放置していた俺が悪いし。
バイブ音がして画面が光れば、そりゃあ目がいってしまうだろう。
誰からのラインなのか、俺はスマホを手にとって確認する。
たしかにめっちゃ通知が来ていた。
というか、現在進行形でメッセージが送られ続けている。
どれも『二年B組男子連合』からだった。
その名のとおり、うちのクラスの男子のみで構成されているグループだ。
バカだがノリのいい連中ばかりなので、誰かがおもしろい話題を提供すると、たまに盛り上がることがある。
「そうですか。じゃあ、ちょっとお聞きしたいのですが」
「ああ」
「男子にとって、裸エプロンは究極のロマンなんですか?」
「…………なにその質問」
「そういう文章が表示されていたので」
「…………」
それが事実なら、最悪以外のなにでもない。
俺は絶句して、動けなくなってしまう。
内容を確認するのが怖かった。
すると、向かいに座っているふたりも口を開く。
三浦さんは軽蔑を隠さないじっとりとした目で、
「なんか『最強のバレンタインシチュエーション』ってテーマで激論を交わしてたみたいで、『とりあえず裸エプロンは必須』って結論が出てたっぽいよ」
「…………」
長峰さんはにこやかに、
「それで、『うちのクラスの女子でもっとも裸エプロンが似合うのは誰か』って話になってたね。私と陽那、どっちをトップにするかで揉めてるみたいだったけど、どうなった?」
「…………」
おそるおそる確認すると、だいぶ失礼な発言が飛び交っていた。
…………これはもう、ダメだ。
弁護とか言い訳とかいっさい通用しないやつだ。
下手すると、教室の人口が半分になってしまう……。
であれば、俺がとるべき行動はひとつしかない。
「長峰さん、ちょっと提案があるんだけど」
「ん? なに?」
「こいつらにふたりが作ったクッキーはもったいないから、例の、プランCでいくべきだと思う」
俺は一瞬の躊躇もなく、男子たちを見限った。
男の友情? そんなもん知るか!
自分の身のほうがかわいいに決まってるだろ!
というか、自業自得だしな!
クラスメイトをネタにして、そういう話をするほうが悪い!
まあ、それを本人に見られちゃったのは、ちょっとだけ同情するけども!
「あれ、いいの? 同じ男子なのに、そんなこと言って」
「心外だな。俺をこんなクズども一緒にしないでくれ」
楽しげに微笑む長峰さんに、俺は吐き捨てるように答えた。
つーか、怒りのあまり逆に笑顔になっているとかじゃなくて、ほんとに楽しそうなのが怖い……。
戦争を起こす大義名分を得た侵略者は、きっとこんなふうに笑うんだと思う。
なんにせよ、俺は三人の味方であることを強く主張したい。
こぶしを握って熱弁を振るう。
「デリカシーのない男子たちに、裁きの鉄槌をくだそう!」
「うんっ、あたしも賛成! 川原くんよく言った!」
「さすがわたしの悠真さん! やっぱりそこらの男子とは違いますね!」
三浦さんとえりりは、すぐさま俺に追従してくれ、
「そうだね。じゃあ川原くんに免じて、プランCで許してあげようか」
長峰さんはくすりと笑ってそう言った。
慈悲深いかただなと思った。
とまあ、そんなわけで……。
そこからは一丸となって、プランCの準備に勤しんだ。
これはこれで盛り上がったので、個人的には結果オーライだと思った。
男子たちは、まあ……。
ご愁傷様としか言いようがない。
そして翌日。
バレンタイン当日の昼休み。
長峰さんと三浦さんは、男子たちに手作りのチョコクッキーを渡していった。
もちろん、男子たちは歓喜した。
手作りだとわかった瞬間、
「「「「「うおおおおおおおお――っっっ!!」」」」」
という雄叫びがあがり、
「長峰さま! 三浦さま! 最高すぎる!」
「ありがとうございます!」
「オレ、このクラスでよかった!」
「高校生活、最良の日だな!」
「ツイッターでめちゃくちゃ自慢できるよ!」
と、拍手喝采が起こった。
ひとり三枚しかないが、十円のチョコでも万々歳と思っていた男子たちからすれば、そりゃあうれしすぎるサプライズだろう。
で、味の感想はと言うと、
「超うまい!」
「これまで食べたクッキーのなかでダントツ!」
「さくさく感が神!」
「甘さがほどよすぎる!」
「クッキーの新時代、始まったな!」
などと大絶賛だった。
えりりの言葉を借りれば、感動補正がかかりまくりである。
ちょっと焦げてたり形が悪いやつでも『これはこれで手作り感があって尊い!』とか、自分が作り手でなければわからなくもないことを言っていた。
自分が作り手なので気持ち悪いなと思った。
そんなふうに興奮する男子たちに、女子たちはニヤニヤしながら声をかける。
「こんなこともうないんだから、しっかりと味わいなー」
「思い出ができてよかったねー」
「ホワイトデーのお返し、忘れるなよー」
言うまでもなく、本当は俺の手作りであることを知っているのだ。
しかも、女子のライングループで会議をした結果、即日ではなくホワイトデーの翌日にバラすことになったらしい。
女子って怖いなと思った。
ちなみに、そのネタばらしの際のことも言ってしまうと……。
俺は男子たちから恨まれる――ことはいっさいなく、むしろ深く感謝された。
なぜなら、
「裸エプロンのトークが女子のほうに流出して、どうやってこらしめようかと思ってたんだけど、それを知った川原くんが『これで手打ちにしてやってくれ』って私に頼んできたんだよね」
というような感じで、長峰さんが説明してくれたからだ。
「ありがとうな、悠真……」
「助かったよ、川原……」
「おまえは命の恩人だ……」
と、泣きそうな顔で言われてしまった。
「そんなの気にするなって。俺たち、同じクラスの仲間だろ?」
俺が笑顔でそう答えると、男子たちはさらに感謝して頭を下げた。
……まあ、流出させたのは俺なんだが。
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