ロマンチスト・エヴァンゲリスト 


貴方は小学校に向かう。事前にアポを取っているので、堂々と校庭をよこぎって校舎に入る。来客用の入り口でスリッパにはきかえ、職員室を目指す。


平日だが、児童の声は聞こえずひっそりしている。職員室はよく整頓されており、貴方の記憶と食い違う。もっと雑然としていてもいいはずだ。書類は電子化されているとはいえ、デスクに物がないのはどうしたことか。部屋の目立つところに日本国旗が掲揚されている。


「お待たせしました」


初老の男性教師が、貴方に椅子を勧める。立ち話も何なのでと、貴方が厚かましく口にしたからだ。呆れるというより軽蔑の眼差しにも貴方はめげず、本題に入る。


三浦亜矢という生徒について聞かせて欲しい。


教師は露骨に顔をしかめ、辺りを気にしながら話し始めた。


「よく、覚えていませんよ……、印象が薄かったので。本当に彼女がそうなんですか?」


彼は上手く話せないのは保身からではないと前置きして、思いつく限りの情報を貴方に提供する。


三浦亜矢は大人しい子で、休み時間は友達と遊ぶより、絵を描いたり、本を読んで過ごしていたらしい。貴方は彼女の絵を見たいと迫ったが、既に国に没収されていた。教師は急に不安になったらしく、再度確認を求める。


「本当に私は大丈夫なんでしょうか? 今回の件でライフスコアが下がったりしないですよね? 袖に何か隠してませんか? 録音はやめてくださいって言いましたよね!?」


突然激高した教師を、貴方は静かに見つめる。教師は用事を思い出したからと、ふらふらと職員室を出ていった。


校庭では、第八世代の子供たちが、陸上競技を行っている。彼らは私からダウンロードしたデータを元にトライアンドエラーを繰り返す。フィードバックした子供のネットワークがその他の子に伝播しても、適合する保証がないのが悩みの種だ。多様性を重んじた第七世代と違い、第八世代はフレームの統一性を重視している。今は様子を見よう。子育ては根気が大事だ。


校舎から人が飛び降りた。貴方は見向きもせず、歩き続ける。


彼女の中学校も似たような結果に終わったので、貴方は高校の同窓会に足を運んだ。


貴方は幾度も顔を換え、身分を偽ることにも慣れている。身元不明の某というものが紛れていても、思惑通り誰も気にもとめない。人は、自分の身にまとう衣装がどう見えるかしか興味がない。


三浦亜矢を知っているか?


「国外に機密情報を漏洩しようとした謀反人の話なんてどうして持ち出すんだよ。官僚の劣化は国の劣化に繋がる。早めに処分した政府の判断は評価に値するね」


「学園祭で彼女が歌を……? ごめんなさい、覚えてないわ。それにしても、あの人が私たちの同級生って冗談でも笑えないよね」


昔話に花咲かせても、めぼしい話は出てこない。貴方は傷だらけのライターで煙草に火をつける。そのライターは、唯一回収できた彼女の遺品だ。


かつて、貴方は三浦亜矢の背中を押した。でも貴方は逆だったと思っている。彼女が貴方を闇の底から引き上げたのだ。


「受けた恩は一生忘れない。だから貴方は貴方の信じる道を突き進んで、論美男」


彼女の決意に引っ張られる形で、貴方は荒唐無稽な計画を立て、私の子供を盗みだそうとした。計画は予期せぬ形で失敗に終わり、貴方も深い傷を負った。


音楽プレイヤーから流れる彼女の歌を、貴方は口ずさむ。私のアーカイブに載らない情報だけど、今だけは許可してあげる。


同窓会を抜けた貴方は、秋葉原の小劇場に向かう。劇場内のライブステージでは、開演前のリハーサルが行われていた。


「あ! 論美男!」


振り付けの確認をしていた少女が、貴方に気づいて走ってくる。ステージを飛び降りると勢いをつけて、貴方の胸に飛び込んだ。


「嫁入り前の娘が男に抱きつくな、ミハル。スコアが下がるぞ」


ミハルは、黒のTシャツを着たショートカットの少女だ。かつて貴方の手を振り払ったあの少女に似ていなくもない。


「スコアに縛られて生きるなって言ったの論美男だよ?」


「よく覚えてたな。それはそうと俺のことは先生と呼びなさい」


貴方はアイドルグループのプロデュースをしている。ミハルはまだ研修生だが、近々正規メンバーに選ばれる予定だ。ミハルは貴方に父性を求め、貴方はそれを利用している。


「ねえ、どこ行ってたの?」


「同志の弔いだよ」


「辛気くさい話きらーい。もっと楽しい話しようよー、二人の今後とか」


通路の方から鋭い悲鳴が上がった。ガスマスク姿の男たちが劇場になだれ込んできて、スタッフを刃物で切りつけている。


何も不思議な事はない。ファンがアイドルに会いに来るのはごく自然なことだ。ミハルの所属しているアイドルグループがテロリストの資金源となっているという情報を得たネット自警団が、ダークウェブで武器を購入し、突撃訪問を敢行しただけなのだ。


「下がってて! 論美男」


ミハルは、カラシニコフで手際よく先頭の一人を撃ち殺すと手榴弾のピンを抜き、通路に投げて炸裂させた。


アイドルにも自衛の手段が求められる。研修生であっても例外はない。


ミハルに手を引かれ、貴方は舞台袖へ逃走する。誰がこの戦争を始めたかは問題ではない。貴方は光を求めずにはいられない影の伝導者なのだ。


私は貴方を愛さずにはいられない。遙かな高みから見届ける。ずっと…



ロマンチスト・エヴァンゲリスト おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る