第24話 僕とリュウの教育

早朝、玄関で物音がした。鯱がいつ帰ってきてもいいように、鍵はかけないことになっていた。


僕とリュウは玄関に一番近い部屋で寝ていたので、鯱を出迎えようと体を起こした。


玄関にいたのは鯱ではなく、見知らぬ男だった。坊主頭で作業着姿、リュウたちより年上に見えた。僕と目が合うとふてぶてしい口調でこう言った。


「邪魔するぜ」


リュウと鯱の靴が靴箱から溢れている玄関をまたぎ、そいつはナイキのでかい靴で、僕らの住居を踏みにじった。僕はその横暴に我慢ならなくて、手じかにあった靴べらで男のすねをぶった。 


大した痛手ではなかっただろうに、男は激昂した。すごい力で僕は突き飛ばされ、壁に頭をぶつけて意識をなくした。


次に目覚めた時、鯱が鏡台の前で化粧を落としており、束の間、夢だったのかとほっとする。


「こぶできてるぞ。まだ寝てろ」


鏡ごしに見た鯱の目は、危機が去ったわけはないことを教えてくれた。


夢ではなかった。頭に鈍い痛みが残っていたし、部屋の外からリュウと知らない男の話し声がする。


相手はうちのシマという言葉と、非国民という頻繁に使ってリュウをなじっていた。語彙が少ないようで同じ話を何度も繰り返している感じだ。


内容はよくわからなかったが、結局リュウが折れて相手が納得したらしい。


「お互い貸し借りはなしにしようや」


相手の押しつけがましい態度に、リュウは渋々といった様子で、ああとだけ言った。


僕は戸の隙間から、相手が通り過ぎる姿を見ていた。リュウがやらないなら僕がやろうと玩具箱の中にあったスタンガンを握りしめる。


僕が機会を伺っていると、男の後ろを歩いていたリュウが殺気を充満させた。こういう時のリュウは手が着けられない。


「俺もな、貸し借りは嫌いだ。さっき俺の妹に手を挙げたよな。一発は一発だ」


リュウは六角レンチで男の左目を抉った。手負いの犬のような悲鳴と共に、鮮血が僕の鼻先にまでかかった。


僕はリュウの動きに呼応するように部屋を飛び出すと、男の股間にスタンガンを押し当てた。


「やりすぎだ、バカ」


いけすかない客が転がるように逃げ出した後、僕ら三人は朝食を取った。


鯱が、カスミソウをテーブルに生けながらリュウと僕をしかった。僕は反省の色を見せず、昨夜リュウが買った焼きそばをがっつく。


「オトシマエつけただろうが」


リュウは頬杖をつきながら反論したが、鯱は許さなかった。


「だから、それがいけないんだって」


「何が」


「奈美にどんな影響が出るか考えたことあるか? お前みたいになったらやりきれないよ」


鯱は僕の母親代わりだった。見た目だけでなく、繊細な心遣いは殺伐とした生活に潤いを与えてくれていた。


でも余計なお世話と感じる時もあった。僕はリュウに憧れていたから。大人になったらリュウと一緒に銀行強盗をしようと画策していたのだ。それを邪魔されては困る。


「奈美は女の子なんだ。それに学校も行かせずに家に閉じこめとくってどうなんだよ」


僕は学校に行きたいと思ったことはない。リュウに脅されたわけではなく、自分の意志でそう決めたのだ。


……、嘘だ。本当はどんな所か興味はあった。鯱にそれとなくほのめかしたことがあるので、この議論は三度目になる。僕は無関心な振りを装ってリュウの反応を待った。


「こいつは俺が一生守るんだ。政府のロボットにする気はねえよ」


リュウの暴論に鯱は開いた口が塞がらなかったらしい。説得を諦め、コーヒーを煎れた。


「奈美、遊園地行くか」


台所で背を向けたまま鯱が僕を誘う。普段ならすぐに飛びつくのだが、タイミングだけに返事をする前にリュウの顔色を伺ってしまった。


「行ってこい。俺は今日やることがあるからよぉ」


リュウは不器用な笑い方で僕らを送り出した。震えているのを誤魔化したかったんだと思う。

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