第25話 僕と鯱の教育


遊園地では、僕と同い年くらいの子供たちが両親に挟まれて幸せを謳歌していた。


羨ましくないといったら嘘になる。でも鯱の手前そんな不義理はしたくなかった。僕は親の顔を知らない。リュウと鯱だけが家族なのだ。


鯱は僕をメリーゴーランドやお姫様のいるお城に閉じこめたかったらしいが、上手くいかなかった。僕が興味を示したのはゾンビを葬るVRアトラクションや、順位を競うゴーカートだった。


鯱をがっかりさせてばかりではいけないから、洋服を選ぶのだけは真剣に付き合った。普段、僕はリュウの匂いのついたお古ばかり着ていたから鯱は心配になったのだろう。鯱のおかげで僕はいっぱしの女子らしい服装を覚えた。


鯱と出かけるのは知らない世界を覗くようで新鮮だったけれど、その日の僕は心から楽しめないでいた。


リュウは明らかに何かを抱え込んでいた。やせ我慢が顔に出ていた。その予感はすぐに的中することになる。


団地に帰ると、蛇口から垂れる水滴の音が聞こえるほど静かでリュウはいないのかと思った。ところが洗面台にまだ乾いていない大量の血が残っているのを発見し、僕は狂ったようにリュウを探し回った。


リュウは毛布にくるまってソファーの上で寝ていた。息をしていないのではないかと思うほど気配が薄くて、一度は見逃したほどだ。


「リュウー」


「……、んだよ。うるせえぞ、ガキ」


僕が体を揺すると、リュウは応えてくれたが、声はくぐもって弱々しかった。毛布をはいだ僕は腰を抜かしそうになる。リュウの顔はあざで二倍くらい程に膨れ上がり、正視に耐えるものではなかったのだ。 


「うあー、シャチ。これリュウじゃないよ、だれ」


恐れをなした僕は、鯱に助けを求めた。鯱はこういったことに慣れているのかやけに冷静だった。


「リュウ、筋は通したみたいだな」


「ああ、ヨユウだっての……」


リュウは笑いたかったみたいだが、頬が少し持ち上がったに過ぎなかった。僕は濡れタオルで傷ついた肌を冷やしてあげた。


リュウが暴行された経緯を後で鯱に聞かされた。


コンビニで花火を買いに行った際、僕は万引き、リュウはカツアゲという反社会的行為に手を染めた。


その横暴は地元の半グレ集団の目に留まった。アウトローは面子を潰されるのと、縄張りを荒らされるのを何より嫌う。


ちょっと足を伸ばしたせいで、たまたまその勢力圏で悪さを働いたのが運の尽きだった。普段、リュウと鯱は大陸系マフィアの勢力圏でシノギをしていた。非国民と罵られたのはそれが原因らしい。


このまま放置すれば報復すると通告されたリュウは一人、半グレの元締めの所に出向き、頭を下げてきたというわけだった。


血で血を洗うような日々に浸かっていたにも関わらず、この出来事は鮮烈な印象をもたらした。リュウがいなくなるんじゃないないかと本気で怖くなった。鯱も同じだったに違いない。


結果的に、この出来事が僕らの関係に亀裂をもたら遠因となった。

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