第16話 僕らは野ざらしに憧れる

弥生が僕の前からいなくなって半月が経った。


その間、体重が一・三キロ減った。体調管理に問題があると、身請けの印象が悪くなる。カロリーの多いものを摂取しようと努める。結果リバウンドして泣く。


バニラの引っ越しを手伝う。その際、お化けクラゲのような巨大ブラジャーを発見する。天音がそれを頭に巻いて教室に行った所、三浦に鞭で打たれた。


弥生は身請け先でホームステイをしているとクラスで説明を受けた。バニラの前例を受け、二週間から一ヶ月ほど身請け先での生活を体験できるようになったのだ。残念ながら身請け先は本人の意向により明かされなかった。

口さがない者たちは王族に嫁いだだの、出家して尼になったのだの噂したが、どれも違うと思う。


分厚い窓を叩く雨、雨、雨、、、、、戸外の雨を久しく忘れている。


僕は雨という漢字が好きだ。まるで屋根の内側に雨が降り注いでいるように見える。中はカビてるだろうけど、どこにいても自然は平等だと教えてくれる。


「うちは御免やわ。雨風しのげんような所で死にとうない」


僕が学校から戻ってみると、弥生が部屋にいた。小さな巾着に金平糖を入れて帰ってきてくれた。


「現代の人間は野ざらしで死ぬことはなさそうだよ」


「へえ、それっていいことなん?」


一概には言い切れないだろう。社会の管理システムは僕らをがんじがらめにして、揺りかごから墓場まで搾り取ろうとする。


「さあ? 野ざらしがどういうものか知らないからね。弥生は知ってるの」


「よう知らん。そもそも瑞樹はんが知らんことうちが知るわけない」


弥生はせっかく帰ってきたのに、不機嫌そうに肩肘をついている。暗い部屋で金平糖をテーブルの上に広げて色ごとに仕訳けしていた。


「この間は悪かった。もう弥生を一人にしないから」


弥生は疑るような目つきで僕を見上げた。


「じゃあ、うちを連れて逃げてくれはる?」


弥生の声は張り詰めていた。僕らはそれをこいねがっていたじゃないかと訴えられる。野ざらしになって本当の雨に打たれることを誰よりも。


「なんて。瑞樹はんには、あーちゃんおるやろ。うちが瑞樹はん殺したら、可哀想やわ」


僕が答えを出す前に弥生が根を上げた。優しくて強いから他人を思いやれる。弥生の美点は最後の最後で足を引っ張った。


「お前は僕を殺すつもりだったのか……」


弥生は可愛らしく顎を引く。


「だってかさばらへんし。そもそも野ざらしって髑髏しゃれこうべって意味なんよ」


弥生……、恐ろしい子!

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