第8話 僕は可愛い脅ししか使わない
「はー、すっきりした」
仮初めの自尊心を取り戻した三浦は、座って煙草をふかし始める。校内は全て禁煙なのにどこ吹く風だ。ライターは元彼から贈られたものらしい。
僕が箱から一本取ろうとすると、手ではたかれた。本気で吸いたいわけではなかったが、今更教育者面されても説得力がない。
「体は大事になさい。鮮度が落ちたら買ってもらえなくなるわよ」
「それを言うなら天音をもっと大事にしてくれよ」
三浦は渋い顔で煙草をくわえている。天音だってこの学校にいる以上、商品の一つに数えられてもいいはずだ。
「私だって好きであの子をいじめてるんじゃないのよ? クラスを纏めるために仕方なく」
「その割、楽しそうだけどな」
一クラス三十人いれば、色々な性格の奴がいる。7Gの恩恵を受けて意志疎通がしやすかったとしても、衝突は避けられない。
三浦の自己弁護によれば、クラスにイジメが発生するのは仕方ない。ならばターゲットを絞ることでストレスをコントロールするのが最適だというわけだ。
「これも実験?」
「教育的配慮と言って欲しいわね。これでもあなたたちのことを最大限に気遣ってるんだから。必要悪を生むことで秩序を保てるなら安いものでしょ」
確かに趣味と実益を兼ねているなら、三浦にとって損はないだろう。クラスにとっても団結は重要だ。でも、天音にだけは得がない。この環境にいるだけ損なのだ。
「必要悪なら僕も負けてない」
「本気で言ってる? ⅦとⅥじゃ比較にならないわ。あなたはこの国の希望。あの子は売れ残りのジャンク」
「それなら売り手市場の僕の身請け話は進んでると考えていいのかな」
三浦は目を逸らし、難色を示した。
僕は身請けの条件として天音とセットで買われることを希望している。僕一人なら買いたい客はそれなりにいるが天音も一緒となるとなかなか買い手が見つからない。天音はなんでもなさそうに生活しているが、血栓ができないように大量の薬を服用しており、その治療費が高額なため嫌煙されていると思っていた。
「瑞樹ちゃんはどうして、万里さんにこだわるの?」
天音は妹のように僕になついているが、実は天音の方がこの学校に長く在籍している先輩だった。
わずかに生き残った第六世代の子供の中で天音だけは、人生に希望を捨てていなかった。人から強いられたレールを度外視した、老子のような超自然主義は僕を初めとした何人かの生徒に影響を与えている。
気休めに過ぎないという者もいるし、僕もどちらかというとそういう考えなのだが、天音の信じる希望を誰かが守ってやらないといけないと思った。
「真面目な話、他人の心配してる場合じゃないからね。自分のリミットをよく考えて、進路を決めるのをお勧めするわ」
いつの間にか良識ある教育者面で説教しているが、肉の鮮度が落ちるのを神経質に気にしているだけだ。気を許してはいけない。
「いいの? 僕がいなくなったら、彩矢ちゃんを虐める係がいなくなるんだけど」
三浦は真剣に悩んだ後、吹っ切れたように笑った。
「へーき、適当な子をつまみ食いするから……、いだっ!」
僕は鞭で不埒な教師の背中を打った。三浦は嫌いだが、蔑ろにされるのもおもしろくない。椅子から転げ落ちた三浦に足腰立たなくなるまで、鞭を振り下ろし続けた。鞭で打たれるたび、三浦の尻が無様に上下する。
「僕と天音の身請け先を全力で見つけろ。でないと、彩矢ちゃんの居場所はこの国になくなるよ。売れ残りは嫌だよね?」
僕の可愛い脅しは、どれくらい効果があるのだろうか。
三浦は腑抜けた表情で、か弱く顎を引いた。
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