第34話 僕の友達は案外普通らしい

 

「……、倒れた?」


僕はまだ酔っているのだろうか。少し冷静になる必要がある。岩永さんに水を持ってきてもらった。


冷水で喉を潤してから、もう一度白木の声に耳を傾ける。


「そう、あーちゃんは倒れた。でも大したことないって。軽い貧血」


僕の手からコップが滑り落ちる。白い布団に染みができた。さらに傍観者のような白木の口調に対して無性に怒りがこみ上げてきた。


「おい、もったいぶってんじゃねえぞ。結論から言えよ、要約下手か。コピーライターとつき合えよ」


「そこまで言わなくて良くない? せっかく伝えてあげたのに。あーあ、電話して損したなあ」


白木のシラケた空気が伝わってくる。僕も言い過ぎた。枕を抱いて声を絞る。


「ごめん。白木のことは無二の親友だと思ってる」


「また平気で嘘つく。ま、謝罪の方はほんとだから許したげよかな。瑞樹のそういう素直なとこあたしは嫌いじゃないよ」


白木は友達ではない。それは他のクラスメートに関しても同じだ。ライバルというのが近いかもしれない。同じ獲物を狙っていれば戦うこともありうる。僕らは単なる学生ではない。自分の人生を賭けているのだ。


僕の場合、条件に合う男が少ないため、舞踏会ではクラスメートのヘルプに回ることが多い。そのため嫌われる恐れが少なく比較的良好な関係を築けていると思う。


「とにかく天音は大丈夫なんだな」


「うん、元気に走り回ってる。今、職員棟からかけてるから声は聞かせられないけど」


詳しい話を聞くと、薬を一つ飲み忘れて教室で倒れたらしい。三浦がたまたま薬を持っていたので大事はなかったようだ。三浦もたまには役に立つ。


「それだけわかればいいよ、ありがとう。僕もできるだけ早く帰るから、悪いけど天音のこと……」


「あー、待ってもうちょっとだけ。瑞樹今どこにいんの。今度こそ教えて」


電話を切ろうとしたら粘る粘る。果たして白木に居場所を教えていいのだろうか。三浦に確認した方がいいんじゃないのか。迷っているうち白木の声が徐々に媚びを含んだものに変わる。


「あーちゃんがさ、最中食べたいって言ってんだよね」


僕は最中が学校に売っているかどうか知らない。口が渇くから食べたいとも思わない。天音が買えないなら、白木に買ってきて貰いたかったがそこまで頼むのも気が引けた。


「わかった。買って帰るから大人しく勉強するようにって伝えて」


「おっけ。それから……」


厚かましい奴だが、天音の件もあり強く出られない。それが白木の計画だったのだと気づいた時には手遅れだった。



旅館を出た僕ら三人は、用意された黒のセダンに乗り込む。車の中で僕はA4サイズの紙をトイレットペーパーみたいに丸めた。紙面は白木に頼まれた買い物リストでびっしり埋まっている。


「外にいるなら買い物頼まれてくれないかな。あたしだけじゃなくクラスみんなの分もね」


面倒を押しつけられてしまった。うっかり東京に向かうと漏らしてしまったのが運の尽きだ。学校では大抵のものが手にはいるが、限定品が回ってくる機会は恐ろしく少ない。欲しくても外部との交渉がない場合指をくわえているしかないのだ。


「こういうのは男に買わせるんだよ。相手も喜ぶだろ」


パトロンに買ってきてもらえばと提案したが、間に合わないと白木は必死に訴えた。 


暇を持て余した豚がストレス発散のために買い物に走る光景はよく見られる。たまに買い物依存症みたいな奴がいて、買うだけ買って包装を解かずに配ることもある。


それらの事情を踏まえても、豚の物欲を侮っていた。限定ジュエリーの名前がずらりと並ぶ。


「国選の子って案外普通なんだ」


岩永さんが買い物リストを繰りながら意外そうに言った。


「え? どこがですか。バカの集まりじゃないですか」


「ほらここ」


そう言って指した名前は、万里天音。最中の項だった。僕はとっさに窓の外に顔を向けた。


「……、僕の友達です。甘いものが好きな可愛い奴です」


東京に交通渋滞は存在しない。少なくともここ十数年はそうなっている。


十分な車間距離を開け、車は整然と道路を進む。自動運転の性能と規制 緩和が進み、現在では約六割のドライバーが自動運転を利用している。


そして、日本全土の交通を管理するのが、アマテラスという測位衛星。世界トップクラスの計算力を備えたそらの女王だ。


アマテラスのことは学校で習ったが、実際その有益性を確認するのは初めてだ。最適ルートと所要時間を瞬時に予測し、運転に反映させている。車が止まるのは信号で止まる時だけだ。


銀座に寄るのは想定外だったが、スケジュールにはギリギリ空きがあると岩永さんは言ってくれた。


それにしてもスマートシティー東京は味気ない。環境保護のPRのためか緑化が進み、手入れされた木々をよく見かける。


反面、人が歩く姿はあまり見かけない。木や建物の死角を補うためか、ドローンが高層ビル群の間を駆け抜けていく姿はもの寂しい。この街のどこかに僕を欲しがっている人がいるのだろうか。


一時間ほどかけて到着した銀座は、教科書の写真で見たのと同じ姿を留めていた。銀座は京都と同じく計画保護地区に指定され、開発の波を免れている。ドローンやプライベートジェットは飛行禁止。高級店が並ぶのは変わらず、地価も高い。


有名な和光の時計の下で写真を撮りたかったが、秘密保護の観点から許されなかった。僕らが思い出を作れないのは外の世界でも変わらないのだった。

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