第5話 僕はイタズラされても気にしない
教室がやけに静まり返っているけど、どいつもこいつも笑いを堪えるような膨れ面をしている。何か悪巧みをしているのは第七世代でなくても予想できる。
僕は、一際白々しい顔をしている弥生の背中を小突いた。弥生は浅葱色の和服を着て背筋を伸ばして座っていたが今、僕に気づいたように狼狽えた。
「あ、瑞樹はん……、遅かったね」
弥生は僕のルームメートで、ボブカットの初々しい感じの少女である。つるんとした頬を紅らめ、上目遣いで僕を見つめてくる。唇を物欲しそうにゆるませ、僕の次の言葉を待っていた。
「天音を着替えさせてたら遅くなった。それより何、死人でも出た?」
僕の下手な冗談に笑う奴はいなかった。弥生は僕の袖に指を滑り込ませてきた。弥生に触られると背中がぞわりとする。まるで皮膚と皮膚の間に剃刀を入れられているような冷たい感触は未だに慣れない。弥生が悪いわけではなく、電流が激しく行き交う第七世代同士のコミュニケーションには知覚過敏が付き物なのだ。
「うちの口からはとてもとても……」
弥生は天音の後ろ姿に目をやりながら、花も恥じらうような奥ゆかしい笑みを見せた。
天音は教室の後方に備え付けられた引き出しを漁っている。クラスのロッカー代わりに使われているが、誰かがお菓子を入れておくと天音が見つけて食べてしまう。お菓子を黙って食べられて怒るような短気はウチのクラスにはいないので天音はやりたい放題だ。
引き出しの開け閉めに熱中していた天音が急に振り向いて、叫んだ。
「おちんぽ様! おはようございます!」
僕の机の上に、ウインナーのような形をしたピンクの物体が直立している。先端にいくほど反りかえっており、さきっぽが膨らんでいる。実寸大の張り型だ。誰かが学校の教材を僕の机に置いたらしい。
天音が勢いに任せた敬礼をした際、机に頭をぶつけたせいで、おちんぽ様が僕の足元に転がってきた。弥生は、「もういややわ」とうつむきながらクスクス笑っている。
僕はおちんぽ様を拾い上げ観察する。ゴムのような弾力を持つ樹脂でできている。触れてみると浮き上がった血管まで忠実に再現されていた。
皆が見ている前でそれを唇ではんだ。裏筋から先端にかけて舌を這わせると、ナメクジが通った後みたいに唾液の後が残る。鈴口をねぶっていると、天音が下からのぞき込んできた。実験に興味を示した子供のような無垢な瞳。でも僕もこいつも豚で娼婦なのを忘れてはならない。
「ねー、ねー、ふわふわー、おちんぽ様はどんな味がするの?」
僕はおちんぽ様に何らの反応がないのに飽きてきて、歯を立てた。
「こいつは嘘をついている味だぜ」
「んあ? おちんぽ様は嘘つかないって彩矢先生が言ってたよ」
「本物はね。これは偽のおちんぽ様だが、おちんぽ様には変わりない。大切にしような」
僕が天音を諭すと、弥生が足袋に包まれた小さな足をばたばたさせ大笑いしだした。「もうムリムリ、限界どすー」と一人でヒーヒー言っている。弥生の決壊を皮切りに、クラス中が爆笑に包まれた。
誰がやったのか検討がついていたが、僕にはどうでもよかった。他意のないイタズラは毎日のように行われており、たまたま僕の番になったというだけの話だ。上手い切り替えしは期待されているが、単なる思い出作りなので上手くいかなくても責める者はいない。
どうせ自分たちの思い出にはならないのだからムキになる方がどうかしてる。
引き出しのお菓子、毒煙のような制汗スプレーの香り、安っぽい下ネタで構成された僕らの学校生活を身受け人は喜んで聞いてくれるそうだ。
狭い教室に押し込まれた何気ない日常の一コマすら、商品の一部に含まれている。学校のカリキュラムは容赦なく僕らの時間を奪い取ってパッケージングすることに余念がない。
弥生は涙を垂れ流して笑っている。僕の腕を痛いくらいの力で握りしめながら。せめて自分の腕くらい自分の自由なのだと言い聞かせるみたいに。
僕はおちんぽ様をくわえている天音の頭を撫でながら、みんなに合わせようとしたが、上手くいかなかった。
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