第6話 僕らは体罰を恐れている

「はーい、子豚ちゃんたちごきげんよう。今日もみんな可愛いわね」


騒ぎが静まった頃を見計らい、颯爽と三浦女史がやってきた。消味期限寸前の体をヴィヴィアンウェストウッドのシャツワンピースで覆い、手には黒い光沢を放つ鞭を常に携えている。鞭の先端は悪魔のしっぽのように尖っており、叩かれると飛び上がる程痛い。このサディストは、僕らの体に跡が残らない作法を心得ており、体罰を躊躇しない。これで元文科省の役人だというから国の教育レベルも伺いしれるものである。


三浦は、出席を取り終わると黙って僕らを見渡した。獲物を物色する蛇の目だ。僕らの間に緊張が走る。一人でもペシミスティックな気分に支配されると、7Gの特権により負の感情は幾重にも増幅されるのだ。


誰か打たれるかもしれない。大した理由もなく教育的指導が行われることは日常茶飯事だ。三浦の機嫌が悪そうだと見るや、僕らは水に沈められる前のネズミのように縮こまってしまう。


三浦は教壇を離れ、机と机の間を歩きだした。僕らは固唾を飲んで、ヒールの音に耳を澄ませる。ひたすら自分の番がきませんようにと祈りながら。


僕の机の脇に三浦が立ち止まった時には、喝采を叫びそうになった。僕はマゾッホではないが、僕が打たれば、天音も弥生も、他の奴はぶたれないで済む。机の上におちんぽ様が鎮座したままだったし、遅刻もペナルティーの理由に十分なりうる。


全身に力を込めて衝撃に備えた。さあ、やってこい魔女。


ぽん、と僕の肩に手が置かれた。含みのある手つきだったがすぐ離れ、足音も遠ざかった。僕の番じゃない? 拍子抜けしたがよりまずい状況に気づいた。


三浦が歩き出す前から、教室の後ろだけがずっと騒がしかった。誰かが引き出し叩きつけるように開け閉めしているらしい。振り返る勇気のある奴は誰もいなかったが、誰が三浦の目につく行動をするか予想できる。


「天音さん」


三浦の嬉しそうな声が、教室の後ろから聞こえてくる。僕は逃げろと、叫びそうになったが間に合わなかった。


ごとんと、重たいものが床に投げ出されるような激しい音が聞こえ、やがてすすり泣きに変わった。


「ねえ、天音さん? 先生が教壇に立っている間は、お菓子を食べないって約束しなかった? 忘れちゃったかな。他のお友達は言いつけを守れるのにどうして天音さんだけはできないんだろう……、不破さんはどう思う?」


振り返ると、三浦が天音の髪を乱暴に掴みあげている所だった。監督役である僕に責任があると言いたいのだろう。


「朝ご飯を食べてないみたいなんです。後で言い聞かせますから」


「後じゃ駄目よ。すぐに体に教え込まないと忘れてしまうから」


「天音はサーカスの動物じゃない。僕らだって」


僕が口を滑らせると、三浦は鞭をしならせ、床をはじいた。クラスの皆は、下を向いて肩を丸めている。怒りと屈辱に染まった僕らは、不器量にまとまった絵の具のように惨めだった。


「ま、いいでしょう。天音さん、席に戻りなさい。クラスのみんなに頭を下げてからね」


厳しいを注文を天音に課して、三浦は軽い足取りで教壇に戻る。天音は何度かどもった後、頭を下げた。


「み、みなさんの、貴重な時間を奪ってしまい、申し訳、ありましぇんでした!」


鼻をすすりながら、天音が謝っている。誰も望んでいない謝罪をしている。天音は確かに悪いことをしたけれど、ここまで辱められる程落ちぶれていない。僕は自然と席を立った。手にはおちんぽ様。これで三浦を討つ。


教室に酸っぱい臭いが広がった。天音がえづいている。弥生が椅子を蹴り倒し、天音の背中をさすっていた。


僕は振りあげた拳を下ろすしかなかった。天音を放って置いたら壊れてしまいそうだったから。


三浦は嘔吐した天音に目もくれず、ホームルームを締めくくる。 


「ホームルームを終わります。教室の清掃は皆さんでやって下さいね。それと、不破さん。教室へのアダルトグッズの持ち込みは禁止ですよ。ちょっと付き合いなさい」

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