第4話 僕は本音と建前を知っている


アメリカからもたらされた6Gは機械と人間を直接繋ぐ技術だ。人間の脳にチップを埋め込み、高速通信によりソフトをインストールするという荒技が行われていた。たとえば中国語を全く介さない人間がたった数分で語学をものにするという奇跡を起こすこともあった。


けれど周知の通り、その試みは失敗に終わる。死屍累々、できあがったのは後遺症に苦しむ子供たちだった。脳に必要以上の負荷をかければ壊れるに決まっている。科学者は当たり前のことを当たり前だとみんなに伝えるために仕事をしてるんだと思う


その轍を踏んだというか、犠牲の上に第七世代の僕らが生まれた。


日本独自の技術7Gは、機械と人間を繋ぐのではなく、人間と人間を繋ぐための技術だ。人間からは微弱な電波が出ており、それを脳に埋め込んだチップで捕らえる。6Gと違い、脳にかかる負荷は圧倒的に少なくなる。アナログだからってなめてはいけない。テレパシーのように以心伝心コミュニケーションができる。


あ、こいつ、生理だなとか、毛ぞり失敗したなとか、口に出さなくてもわかる。すると僕はそっと距離を置く。人間に生得された徳を遺憾なく発揮して。


7Gは本来人間が持つ能力を底上げした通信技術ということになる。確かに現段階では大したことはない。多少、人の機微に通じているという程度だ。


研究を進めるためには資金が必要だが、どうやって国は研究費を稼いでいるのか。それは僕らのクラスに雌豚しかないことに関連している。


僕らは文字通り体を資本にして稼ぐ。赤の他人に金銭で売り飛ばされるのだ。


この学校は、日本にいくつかある国立の娼婦養成学校の一つである。正式名称は、国選花嫁専門大学校という。元々は人員の募集に苦慮した防衛省が、


「入隊した奴に好みの女斡旋すればいいんじゃね?」


という軽い動機で始められ、発表時は世間の批判にさらされつつも、自衛隊員と結婚したい女側との需要ともマッチし、この謎の学校は建てられた。


やってみたら思いの外、両者に好評だったため、(上級)国民にもお鉢が回るよう先鋭化されて今に至る。


入学資格は十二歳から十八歳までの日本国籍を持つ女子(書類選考で七割が落とされ、四次面接を経た後では残るのは、脂ぎった親父共のお眼鏡に叶う全国レベルの美少女達である。処女だとなおのこと喜ばれる)で占められる。学費や、食費、寮費が無料なのはもちろんのこと、閨房術のみならず大学レベルの教育が無償で受けられる。


旧時代の人身売買が日本に復活しても、文句を垂れる人は限られている。文句を言うのは僕らを買えない貧乏人だ。そういう人たちは政治的発言力が低いので大抵黙殺されてしまう。


豚一人分の相場は、一千五百万から五千万。分割払いはできないが不動産を買う感覚で、女の子を買う時代に突入したのである。さらに第七世代の処女となると値段が跳ね上がり、億を越えることもある。


娼婦といっても、一夜限りの契約は存在せず、身請け人と生涯契約を取り結ぶ。金を払えば花嫁にするもよし、愛玩人形にするもよし、身請け人の自由だ。かといって僕らに全く選択権がないわけではなく、マッチングに不満があれば数回のデートの後で断ることができる。


身請けを断り続けるのが豚のためになるかといえばそうではない。学校に在籍できるのは最長四年と決まっているし、四年で身請けが決まらなかった場合、それまで無償だった学費と諸経費を全額請求される。その額は、一般的なサラリーマンが十回転生しても到底払いきれるものではない。払いきれなかった場合、一生実験施設でモルモットにされるか、この学校の教育成果を全て奪われた状態で外国に売り飛ばされる。いずれにしろ人生が詰んだ状態に追い込まれるのだ。


そもそもここに集まるほとんどの学生が、上級国民の妻になり安泰な生活を送ることを目標にしている。貧しい北部の娘が親の負担になるまいと入学してくる姿は江戸時代の遊郭を彷彿とさせる。そのため大抵オファーがくれば二つ返事で卒業する。若い方が人気が高いからなおさらだ。


身請け先は、国内の保守系の有力者が八割、残りは欧州や中東に二割程度だ。単に金満家というだけでは足りず、国による徹底的な身辺調査が行われた後、ようやく職員の立ち会いの元、面会が許される。豚自体が機密そのものだからマッチングは慎重に慎重を期して行われるのだ。


豚は実験動物であると同時に貴重な財源でもある。非人道的と国連から非難されようと、僕らが選んだ道だ。生まれる前の遺伝子操作は禁止されていても、僕らの自由意志は憲法で保証されている。本音と建前が上手い国だってつくづく思うよ。

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