第2話 僕は呪いの鶴の扱いに困る
天音の着替えを保健室で済ませ(天音はよく漏らすのであらかじめ用意してある)てから、僕は四階立ての校舎の最上階にある教室に向かった。
教室に通じる廊下の東西には、頑丈そうな大扉があり常に南京錠で施錠されている(電子キーはハッキングの危険があるため)。開錠には職員のチェックと脳波の測定が必要となる。国の機密と豚達の商品価値を守るために施された強固なセキュリティーだ。
僕と天音は世代が違うため、測定機が違う。第六世代は猫耳のような三角形の突起がついたカチューシャをはめる。僕のカチューシャは変なイボみたいなものがついているし、重い。毎朝面倒だけど、僕ら豚の健康チェックも兼ねているので疎かにはできない。
そこを問題なく通過すれば、男子禁制の大奥に入ることができる。
階下の部屋は職員や講師が自由に出入りできるが、教室のあるフロアーは完全に僕ら豚のためだけのスペースである。
この校舎にはGⅦのクラスが四つ。GⅥのクラスが一つある。天音は本来7のクラスの生徒ではないが、特別に僕と同じ7のクラスに所属している。
天音は7のクラスに行く前にいつも6のクラスに立ち寄る。
Ⅵのクラスにはバランスボールとか、リハビリ用の器具が置かれている。生徒のほとんどがパジャマ姿でじっとクッションに座っているし、室内は病院と似た空気が漂っている。
車椅子に座って絵本に目を落としていた女の子が天音に気づいて手を上げた。天音も同じ動作で答える。車椅子の子は虚ろな目をして手を上げ続けていた。自分の意志で戻せないらしいのだ。天音は側に寄っていって、やさしくその手を戻してあげる。二人の間に会話が成立しているのを見たことはないが、仲良しらしい。
車いすの子に限らず、第六世代の多くが実験によるクラッシュで、脳に深刻な後遺症を負っている。天音も言語に軽い傷害があり、時々呂律が怪しくなる。
天音は折り鶴を車いすの子に毎日貰っている。僕も受け取るのが常だ。鶴の線は歪んでいたし、お世辞にも形が良いとは言えなかったが、彼女の誠意が伝わってくる。
「どうして私だけがこんな目に遭わなくちゃいけないの?」
理不尽な境遇にあえぐ彼女から、怨嗟という誠意が匂うように伝わってくる。
天音は脳天気だから気づかないようだが、僕は相手の考えがある程度読める。だからここに来るのが辛い。
彼女の言う通り、僕は運の良い豚に過ぎない。言ってしまえばそれだけの存在である。才能も生まれも関係ない。人生で自分の自由になるものは何もない。与えられる自由は隷従ですらなく、自分のものですらなかった。
第七世代の子供が一番始めに獲得する事実は、あまりに甘美で魅惑的なので後の学習を妨げる恐れがある。僕のような怠惰な豚を作る懸念もあるわけだ。
「ふわふわ、つるもらった! わっしょい」
「うん、よかったね」
天音は鶴を律儀に部屋に飾っているらしい。
僕はというと毎日ルームメイトの弥生に供養してもらっている。供養とはつまり、豚の尻を拭くことであり、弥生がそれで尻を拭く。呪いの鶴が、人間の生産性の輪に加わるのだ。これほど素晴らしい使い道はないと思うのだがどうだろうか。
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