第39話 僕は万里天音の生態を知る
僕が学校でスカートを履かないのには、いくつか理由がある。リュウの教育のせいでもあるが、主に天音が関係している。
万里天音の生態。
そう銘打たれたPC画面のチャプター部分を僕はクリックした。
天音はスカートを履いている豚を見つけると背後から忍びより、スカートをめくる。そして何かを確認するように「よし」とつぶやいて去っていく。
この疑惑の行動に、かつて学級会は紛糾した。天音が何らかのスパイ活動に荷担していると疑われたのだ。
僕も何度かやられたので天音の真意が気になった。天音いわく、みな同じパンツを履いているのが不思議だったのだという。
結局いつものあーちゃんは無害理論で片はつき、この一件は不問に付された。
嶽魅火槌に見せられた動画には、天音の奇行の一部始終が収められている。
よくもまあ、こんなニッチな動画を集めたものだ。学校の監視カメラの多さにも呆れるが、天音の執念もなかなかひどい。
スカートめくりの動画はどれも同じ手口で行われている。気配を消した天音が背後から近づき、静かに布を持ち上げる。やられた方はなかなか気づかないから、天音以外にもパンツを見られてしまう。
被害者の反応は様々だ。ヒステリックに怒ったり、笑って天音の頭を撫でる奴もいた。初めてやられた時、僕は反応に困り固まってしまった。幸い僕の映像はないらしかった。
この動画が何だっていうんだ。五分を待たずに僕は観るのを断念しそうになる。
停止ボタンを押そうとした時、画面が切り変わった。学校の教室の後ろには引き出しがあり、そこは豚個人の収納になっている。そこを真上から撮った動画のようだ。
しょうこりもなく天音が引き出しを開けている。お菓子を見つけては勝手に手をつけていた。三浦に首を絞められたり鞭でぶたれたり、滑稽なコントのような映像が今は懐かしい。
ぼんやり眺めているうちに、気づいたことがあった。天音はお菓子が見つからなくても引き出しをすぐに閉めず、中をのぞきこんでいる。唇をズームすると「よし」という動きが読みとれる
何かを確認している……? スパイじゃあるまいし。
次の映像に、胸の動悸が早まった。クラスの豚だけでなく、僕や弥生の姿もある。教壇の前には身請けされたバニラの姿がある。この間の送別会の映像だ。
開始数十分で弥生が教室を出ていった。僕はバニラと数語言葉を交わした後、他の奴と談笑していた。
天音がクッキーを配っている。例の固いクッキーだ。僕も受け取ったが、かみ砕けなくて他の奴らと爆笑している。
バニラだけあっさり飲み下し、満場の拍手が送られた。
祝福されたバニラは手を振って応える。天音にしては冴えたサプライズに思ったものだ。
そこから三々五々豚の姿を追っていたが、天音の姿が見えなくなっているのに気づいた。一時停止すると後ろの床に寝そべっている。再生を押してしばらくしても、そのままだ。
一端、天音の観察を諦め、他の豚に注意を向ける。
「あっ!」
僕は動画を観ながら思わず声を上げてしまった。バニラが苦しそうに机に手をつき、今にも倒れそうになっている。くずおれる寸前のバニラを支えたのは、寝ていたはずの天音だった。天音はバニラの脇に手を入れると、引きずるようにして教室の外へ運んでいった。具合が悪くなったのか。それにしても天音の行動に妙な手際の良さを感じる。
僕は側にいたのに何も知らない。他の奴も何も言ってなかった。この場面はどういった意味を持つ。
「クッキーには睡眠薬が入っていた」
嶽魅火槌が聞いてもいないことを補足した。ありえないと思いつつ僕は天音がバニラを連れ去る様子を再確認していた。
「恐らく、その韮山ソフィアという娘は」
教室を出る際、天音の口元に浮かんでいたのは、
「解体され、脳のチップを回収されている。それが屠殺人、万里天音の仕事だからだ」
僕の耳には嶽魅火槌の声ではなく、天音の「よし」という声だけが再生されていた。
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