特別編

タピオカフラクタルジェネレーション(前編)


国選は流行を嫌う。女は保守的であるべきという偏った考えが根底にあるが、保安上の問題も絡んでいる。


流行り病はもちろん、閉鎖的な空間では鼻をつまみたくなるような事態が起きやすい。


学生が怪しい宗教を編み出したり、それに付随して大麻が栽培されていたこともあった。発覚した学生は即解体。


外部からの持ち込みを厳しく制限しているにもかかわらず、C4爆薬を作った学生もいた。学校の勉強に飽き足らなくなった彼女はその後、研究機関に移り、研究者として働いている。


ルールを厳格にすればするほど、学生は巧妙に抜け穴をついてくる。第七世代という未知の力を持つ彼女たちが束になれば大人はひとたまりもない。


よって、学校はある程度の自治を許容する他なかった。学生たちは学校のコントロール下において、文化と流行らしきものを作っていった。


生まれたのは賭け麻雀と、同姓同士の火花を散らすようなセックス、陰口くらいが関の山。


プライベートレッスンは身請けの役に立つが、法外なレッスン料がのしかかる。将来的に自分自身のためになるかというとその限りでなく、嫌々取り組む者も多い。ストレスのはけ口を探すより、身請けに誘導させる学校方針は理解できる。居座られても経費の無駄だからだ。


「世間ではタピオカいうんが流行ってるみたいやな」


分厚いガラスに隔てられ、殺伐とした学舎の一角で、縞の和服の少女は不満を口にした。三条弥生。七のクラスで一番年若だが入校早々、月の撃墜数(舞踏会で送られる花輪の数)がトップという期待の新人である。芸妓に育てられ、華道や茶道、日本舞踊をたしなむ。さらに黒髪の楚々とした見た目も相まって、人気が高まっている。


甘え上手の反面、感情の起伏が激しく放縦。他の学生の獲物を横取りするなど、校内では衝突が耐えない。第七世代の特権として、人間の情動を視認できる。


橙色の夕日が差す教室には、弥生の他に白木舞という学生と、韮山ソフィアという学生がいた。


白木は、短いスカートにシャツを第二ボタンまで開け、厚ぼったい唇をした少女で、面倒見がよく皆から慕われている。ソフィアはデコルテを強調したバニーガール衣装で白木と向き合って座っていた。彼女はネイリストの資格を取るために勉強中である。


白木はソフィアにネイルを施してもらいながら、横目で弥生を見た。


「タピオカ? 何それ」


「飲み物らしいわ」


話を聞いてもらえたのが嬉しくて、弥生は興奮した様子で近寄ってくる。白木は弥生を末っ子のように可愛がり、身の回りの世話を焼くことも多かった。


「ふーん、聞いたことないね」


「反応薄いなあ、あきまへんえ、白木はん。もっと流行に敏感にならんと。世間に取り残されてまうわ」


それなら早急に身請けを決めればいいのだが、弥生は無理矢理親に売られたらしく、身請けに興味がないようであった。今は男を弄ぶのに飽き、インフルエンサーとして校内で影響力を強めようとしている。


「気になるやん、飲みたいやん、せやろ?」


白木にも覚えがあるが、弥生は外の世界と隔離されたことによるホームシックにかかっている。白木はその焦燥を身請けに向かわせるのが先輩の役目だと心得ていた。


「男に連れてって貰えばいいじゃん、弥生が頼めばいちころっしょ」


「男なんて頼っちゃ駄目ですよ」


黙々とネイルを仕上げていたソフィアが突然横やりを入れてきた。


「どうせ体だけが目当てなんだから。それをわかってて頼るなんて私はなんて浅ましいんだろう……」


ソフィアが突然号泣した。彼女は一度身請けされたが、学校に送り返された過去を持つ。バニラという不名誉なあだ名までつけられ、情緒不安定になっていた。


(やべー、特大の地雷踏んだ! どうすんのこれ)


白木がソフィアにかける言葉を探しているうちに、弥生が豪快に机を叩いた。ソフィアは身をすくませる。


「ソフィアはんの言うとおりやな。自分の道は自分で選ばんと」


弥生の新風のような考えを前にソフィアは自分の弱さを恥じ、涙を拭った。自分を責めるだけでは何も変わらない。


娼婦専門学校と呼ばれる国選の学生にあるまじき会話だが、白木は聞かなかったことにした。それぞれの事情に首を突っ込むのはタブーとされている。口に出さずとも同じ第七世代同士、痛みも苦しみも分かち合って生活しているのだ。ソフィアの件にしても皆、我が事のように胸を痛めている。


廊下からけたたましいベルの音がしたと思うと、教室のドアが開け放たれた。


「みんなー、下校の時間だよー。豚小屋に帰るでし」


三つ編みを垂らしたあーちゃんがやってきて、退去を命じた。白木とソフィアが「はーい」と応じて席を立つ。


「ねね、あーちゃん、タピオカって知ってる?」


白木がからかい半分で訪ねると、あーちゃんはとぼけた顔で頷いた。


「知ってる。つぶつぶが入った奴でしょ。ストローで吸うのら」


予期せぬ回答に三人はうなる。


白木が弥生の方を振り向くと、案の定険しい顔であーちゃんを睨んでいるのが見えた。鳶に油揚げを浚われた格好で、悔しいのだろう。さらに負け惜しみめいた事を口にしてしまう。


「知ってるだけなら大したことあらへん。調べればわかることやし」


「飲んだことあるよ」


あーちゃんが火に油を注ぐようなことを言うので、白木とソフィアはハラハラしてきた。あーちゃんの場合、悪気がないので注意もしづらい。


「あーちゃんは物知りやなぁ、ほんでどんな味なん?」


あーちゃんは、にこにこしながら黒板消しをクリーナーにかけている。無視された弥生は頭に来てついに立ち上がった。万一に備え、白木はソフィアに先生を呼びに行かせた。


「弥生は、どーしてタピオカのことが知りたいの?」


あーちゃんが背中を向けたまま訊ねた。


「単純な好奇心よ。悪いようにはせえへんさかい、教えてぇな、あーちゃん」


甘ったるい声でお願いするが、あーちゃんの答えは非情であった。


「やだよ」


弥生の目がつり上がり、殴りかかるためにつかつか歩み寄る。危険を察知したあーちゃんは扉に走り、一度おちょくるように振り向いてから廊下に出ていった。


「待てやこら!」


履いていた下駄を叩きつけるように置くと、弥生はかんかんになって後を追った。


白木はしばし呆然と見送っていたが、このままではいけないと感じ、弥生を止められる人物の元に走った。

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