第23話 僕とリュウは花火をする
夜になると、鯱は化粧をしてどこかに行く。ついて行きたかったけど、子供ながらに聞いてはいけないことだとわかっていた。
鯱を真似たくて僕も一度化粧を施してもらったが、リュウにからかわれたので二度とすまいと誓った。
「じゃ、二人ともいい子にしてるんだよ」
鯱は子供をあやすみたいに言い残して出かける。
背中の開いた真っ赤なワンピースを着て、ハイヒールを履いた鯱はどんな女優よりも艶っぽくて僕の、いや僕らの誇りだった。
鯱がいなくなると、急に静かになる。リュウはずっと貧乏人をあざ笑うバラエティを視聴していた。穴が開くんじゃないかというくらい瞬きも少なく映像に集中している。
僕は鯱がやりかけた千五百ピースのジグソーパズルに挑戦していた。確かモナリザだったが、セピア色の背景とモナリザの肌の見分けがつかなくてすぐに諦めた。
「花火してえな」
リュウが思いつきで行動するのはいつものことだった。僕と鯱はその無軌道さにたびたび振り回されていたが、悪い感じはしていなかった。
僕はリュウの嗅覚を信じ、一緒に花火を買いに行った。
団地の周りは田んぼで占められていた。人口減少により放棄された土地が多かったせいで、藪蚊が大量に沸いていた。
歩いている最中も蚊に刺されたが、文句を言うとリュウが怒るので黙っていた。
一番近場のコンビニは団地から二百メートルほど離れている。その日に限って花火は品切れで、普段行かないコンビニまで足を伸ばすはめになった。
慣れないコンビニに入店しただけで僕は不安で落ち着かなくなった。リュウの手を握ろうとしたが、振り払われる。他人の振りをしろと突き放されたのだ。下腹の疼きを押さえながらリュウと反対の通路を歩く。
リュウはカゴに適当に商品を突っ込んでいた。花火だけでなく、アイスや飲み物もその中に含まれていた。
僕は監視カメラの死角をチェックしつつ、食べたいお菓子を物色していた。
リュウがカゴをカウンターに置く音がした。そこから煙草を選ぶ振りをして時間を稼ぐのだ。
僕はそれを確認すると背中を丸め、狙っていたスナック菓子をスカートの中に突っ込んだ。
当時の僕は万引きに罪悪感を覚えるどころか、賢い生活テクニック程度にしか捉えていなかった。リュウも鯱も施設にいた頃からやっていたし、咎める者は周りに誰もいなかった。
言い訳するつもりはないが、このお菓子がどのような行程を経て市場に並んでいたか知っていたら、このような愚行には出なかっただろう。
リュウが会計する段階になると、僕は素知らぬ顔で店を出る手はずになっていた。
ところが、何者かが僕の肩を掴んで振り向かせようとする。逃げようとしたが、大人の力には敵わない。
「君、ちょっと」
声をかけてきたのは、メガネをかけたサラリーマン風の男だった。僕はスカートに手を入れたまま男を見上げた。
「お会計まだでしょ。どうしてそんなことしたの?」
一部始終を見られていたらしい。店員に密告しなかったのは僕の行為を咎めるためというより、好奇心からの行動らしかった。半笑いでいかにも小馬鹿にしたような顔に腹が立った。
「あああああああああ!?」
僕はあらん限りの声を振り絞り、わめいた。困ったら騒げと教育されていたからだ。リュウが僕の声を聞きつけやってきた。男はリュウの登場に狼狽えた。
「な、何だ、君は」
「こいつ俺の妹なんだけど。今こいつのスカートに手入れてたよな。何してくれてんだ、あ?」
リュウが難癖をつけている間に、僕は男の手を逃れた。コンビニを出て車通りの少ない国道の端にしゃがみこんでいた。
「下手打ってんじゃねえぞ、バカ」
リュウが買い物袋を僕の頭にぶつけた。急に恐怖がぶり返してきて、リュウの足にしがみついた。
「警察呼ぶって言ったら、泣きそうになってやがんの。三万せしめた。ついてたな」
リュウは相手の臆病さをせせら笑うと、僕を肩車して歩きだした。道中まじめ腐った声で教訓を垂れる。
「本当に変なことされそうになったらな、さっきみたいに呼ぶんだぞ。お兄ちゃんどこにいてもかけつけるからな」
「うん!」
団地についた僕らは、深夜まで花火を楽しんだ。近所の迷惑を考えず、大きな音の鳴るロケット花火を夜空にぶち上げる。飛ばしてから花開くまでのタイムラグにわくわくした。
リュウは僕のためというより、自分のために花火がしたかったらしい。馬鹿みたいにはしゃぎ回り、結局住民に警察を呼ばれて注意を受けた。
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