第41話 僕は最後に甘い夢を見る


僕は嶽魅火槌の話に気のない拍手を送った。 


「おもしろい推理のお披露目ありがとう。でもさ、そうまでして守りたいアマテラスの秘密って何?」


「わからん」


聞き間違いかと思ったが、嶽魅火槌は本当に答えを持ち合わせていなかった。


「だからわからないんだって。専門家も同じ意見だぞ。今やアマテラスはブラックボックス化してるんだ。お前さんだって自分の力を厳密に理解してるわけじゃないだろ?」


今年の一月と三月、中国とアメリカの軍事衛星がそれぞれアマテラスを攻撃しようとした。宇宙航空圏に関する条約にひっかかったたという言いがかりから始まり、宣戦布告もなしの強襲だったという。


「アマテラスは軍事衛星をハッキングして無力化した。破壊じゃない。無力化して元の軌道に戻したんだ。アマテラスの今のスペックなら衛星を地表に落下させることもできたはずだ。それをしなかったのが逆に不気味なんだ」


アマテラスは政策を決める以外に、言語のようなものを作って、地球に送ってきている。解読は進んでいないが、いつか人間に取って代わるつもりではないかと本気で恐れる者もいるようだ。


「外国はアマテラスを破壊するのを諦め、外部から攻略しようと考えている。そういう経緯で、7Gを手に入れたい外国とそれを守る国選の思惑が衝突するわけだよ」


国選と防衛省はアマテラスに絶対服従というスタンスらしい。国選が娼婦を作るのはあくまで隠れ蓑で、7Gの研究が主な目的だと、嶽魅火槌は考えているようだ。 


「あんたの言い分だと身請け先が外国になった時点で豚が殺される算段じゃないか。天音がその度に手を汚してるなんて言わないよね?」


「だから何度も言ってるだろ、万里天音は国選の屠殺人……」


熱くなりかけた嶽魅火槌が口を閉じた。虫の羽音に似た振動音が周囲から聞こえてきたのだ。


嶽魅火槌のプランは屋形船に乗って東京湾まで行き、そこでボートに乗り換え、海上に停泊しているロシアの貨物船に乗り込むというものだった。


約束の時間の前に、警備巡回用のドローンに発見されたため、このプランは破綻した。


僕が車を降りる前にこっそり通報しておいたため発見は早かったのだろう。岩永さんがもしかしたら助かるかもしれないという微かな希望を託したのである。


僕を連れ出せないとわかっても、嶽魅火槌は往生際が悪かった。近くを走っていたタクシーを奪い、目的地へ急いだ。追いかけてきた武装ドローンは僕がいようとお構いなしに発砲してくる。助手席にいる僕の頭の上を弾丸が掠め、ガラスが車内に散った。


僕はどうにでもしてくれと投げやりな態度で車に乗っていたが、嶽魅火槌には信号機も他の車も敵に見えたことだろう。


アマテラスの包囲網が徐々に狭まるにつれ、嶽魅火槌は余裕をなくし、クラクションばかりを鳴らしていた。


一時間ほど無意味に高速を走らされた後、一般道に戻ったタクシーはコンビニの駐車場に停車した。


「ちょっと待ってろ」


そう言って嶽魅火槌は無人コンビニに踏み込むと、大量の酒を抱えて戻ってきた。


「諦めたの? 根性ないね」


「黙ってろ、戦略的撤退だ。聖女さまは帰さんぞ」


威嚇するような大声に僕の気持ちはしぼんでしまう。


嶽魅火槌は酒をあおりながらも、反撃の機会を着実に狙っている。僕が逃げようとすれば、岩永さんたちをやったのと同じ方法で殺害することも辞さない空気だ。


「僕も一本もらっていい?」


アルコール飲料を手にとっても、嶽魅火槌はハンドルを叩いて気にとめない。


「大使館で僕の胸触った時、勃起してたよね」


嶽魅火槌は辺りを警戒するように外に目を走らせた。僕はもう一度確認を取る。


「勃起してたよね」


「うるせー! 勃起勃起言うんじゃねえ。してたよしてました」


嶽魅火槌はばつが悪そうに体を揺らしている。こいつも所詮そこらの男と体の構造は変わらないのだ。


「子供のおっぱい触って勃起する人の言うことは信用できないよ」


「それとこれとは話が別だろ。人間は下半身だけの存在じゃないからな」


「別じゃない! もう天音のところに帰してよ……、うう」


顔を覆って泣く振りをしていると、嶽魅火槌がハンドルを叩く音が止んだ。


「今年、脳にチップの埋め込みを義務化する法案が通った」


学校に帰っても居場所がない理由がわかった。どうやら僕は国の宝ではなくなるらしい。どんな最先端技術もいずれ陳腐化し市場から消える。お払い箱になった豚はどこに行けばいいんだろう。


「俺は怖い。自分でない何かに書き換えられるのが。こんなこと言いたくないが、お前さんの不破瑞樹という人格は……」


嶽魅火槌の危惧する通り、アマテラスに直接繋がる第七世代の豚たちは、もしかしたら作られた存在なのかもしれない。だとしても僕は繊細な奈美ちゃんを捨て、クールでタフな瑞樹ちゃんになったことを後悔していなかった。だから嶽魅火槌が恐れていることが厳密に理解できない。


「お前さんには被験者として世界に情報を発信して欲しかった。俺はまだ諦めてないけどな」


「可哀想な女の子として?」


「それはお前さん次第さ」


イメージ戦略は大事なのはわかる。でもこいつに踊らされるのは嫌だ。


天音と話がしたい。あいつが特殊部隊なんて絶対嘘に決まってる。そうだよね? 天音。


「もし国選を辞めたら、男に媚びなくてもよくなる?」


「ああ。俺がお前さんを守る」


嶽魅火槌は時々、学校と真逆なことを言う。それが心地良い。クールでタフな瑞樹ちゃんがそういうものを求めていたなんて知らなかった。


「よく頑張ったな、奈美」


聞かなかったことにして、嶽魅火槌の肩に寄りかかる。ここには僕らの他に誰もいないのだ。今だけ甘い夢を見ても許される気がした。

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