第37話 アダルトビデオみたいなエッチしたらあかーん!
首の裏に熱い感触が走る。マヤの手に引き寄せられ、俺の唇は彼女のそれによって、塞がれていた。
これが俺の人生における初キスだった。
たがいに見つめあい、数十回はチュッチュチュッチュとさえずりあっていた。唇をムニュっとあわせる程度の簡易版のキス。
が、そのうち、マヤの舌がさしこまれてきた。キスだなんて可愛い響きが似つかわしくない、いわゆるベロチュー、ディープキッス。
キスの味はほんのりとミント味だった。ようするに歯磨き粉の味しかしなかった。
舌だけではなく、手足も絡み合い、俺の股の間にマヤのヒザがからんでくる。もはや俺の勃起は完全にバレている、はず。
しつこくねっとりと繰り返されるディープキッス。まるで全力疾走直後のように互いの息づかいは荒い。台本に書かれた一つのセリフのように、フーフー、ハァハァと声に出している。
それでもなお、次の階段への上がり方が俺にはわからなかった。
『なんにも……しないの?』
その問いにたいして俺は即答できなかったし、無視することもできなかった。
『……しない、です』
そう答えつつ、俺はマヤにベロチューをした。
破裂しそうな欲望、それに股間。だが俺は次のステップに上れなかった。
やがて辛抱たまらなくなった俺は
『ちょ、ちょっとトイレ!』
と、トイレに行き、己の手で欲望をしごきだしてやった。
再度、ベッドにもどり、俺はマヤに背中を向けてグッスリと寝たのだ。
※※※
「ちょっと待ってくださいな! 納得がいかないです! どうしてAまでしておいて、いいえ、ベロチューだから、さしずめAダッシュです。胸をもみしだくとか、次のステージにまで進めないのですか!」
俺の長告白を聞いたサキはキツい口調で問いつめてきた。
「情けない男だろう? 俺は動物たちの生態に興味があって『ダーウィンがきた』という番組をよく見るんやけどな。あいつらはセックスをするためにいじましい努力をしているよ。他のオスたちを力でねじ伏せたり、上手に歌ったり、海面から角を高く突き上げメスたちにアピールしたりな。もし俺が野生動物であるならばマヤと確実に交配していたやろな。速攻で交配していたと思うわ、うん」
「速攻でってことは、キスもすっ飛ばしてですか?」
「キスはともかく、そもそも肉じゃがは料理していないと思う。部屋に入って速攻じゃないかな」
「……野性動物がみんなそうとは限らないのでは。では雷同さんはどうしてできなかったんでしょう?」
俺は……考えすぎてしまうところが欠点やと思う。俺ができなかった原因に思いあたりはある。
「中学三年の冬、ちょうど高校の受験勉強をしているときにな、俺はホンマデッカーズのラジオを聞いていたんや」
「すいません。ホンマ……デラックス? なんですか、それ?」
「関西ローカルのお笑い芸人でな。ホンマデッカーズ、知らん? ほら、片割れが元柔道選手で日本王者にまでなった」
「ホンマデッカーズの事はいいです。それで続きは?」
「夜十一時以降の番組ということもあって、下ネタも多く、性の知識をそれで吸収してたりもしたんや。番組の最後に悩み相談のコーナーがあるんやけどな。どんな悩みだったか忘れたけど、そこでロキさん……ホンマデッカーズの柔道やってた方が吠えたんだ」
「吠えた?」
「アダルトビデオみたいなエッチしたらあかーん! ちゃんと手順をふまなあかーん!」
「わっ! ビックリした!」
「普段はわりかし温厚なロキさんが、珍しく興奮していたんや。その言葉は当時、思春期だった俺に細胞レベルで染み込んでしまった。だからあの夜、マヤの胸に手を伸ばしかけるたびに『アダルトビデオみたいなエッチしたらあかーん!』と、ロキさんの現場主任のような野太い声が響いた。そしてタラバガニを数発殴ったようなロキさんの顔が脳裏に浮かび上がった。そんなこともあって、ついに俺は意気消沈してしまったんだ……」
「そんなデリケートなことが……」
「その手の失態って誰にも相談できないし、知られたくもないものやん? 気分を害したマヤが、万が一やで。俺のことをインポ野郎だとか、ゲイだとかサークル内で言いふらしてしまったら、俺の居場所がなくなってしまうし、マヤにたいする後ろめたさや申し訳なさもある。だから俺は、人に見られることが怖くてしかたなかったんや」
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