第33話 千葉県にある男根が奉られている神社の話
もはや誰も俺のことをキャプテンとは呼ばなかった。低いエリアで俺たちは滑り続けた。のろいスピードでこけたり笑ったりしながら。それはそれで正しいスキーの楽しみ方のような気がした。
が、上級者というのはなぜか教えたがる。時々、上の方から滑り降りてきたマヤが休憩がてら、俺たちにレクチュアし、そしてまた誰かに連れ戻される。マヤを連れ戻すのは遠山のときもあれば、他の男子や女子のときもあった。性別を問わず、マヤはけっこうな人気者のようだった。
俺のスキーの腕前ではマヤと二人ならんで滑ることはかなわず、俺にもそんな気はなかった。
宿にもどってからは真田たち男連中と下ネタトークで盛り上がり、マヤと顔をあわせることはなかった。
帰りのバスでは、またもイヤホンをつっこみ、一人で座っていると、隣にマヤが座ってきた。
『いいですか? ここ』
『いいですかって、お前……すでに座ってるやんけ』
俺はうっとうしそうな言い方をしたが、行きのバスとは違い、さして嫌でもなかった。
『雷同さん、気づいていた? 北村くんとアケミちゃん。ちょっと怪しいよね。この旅行中につきあうのかな?』
俺の苦手なコイバナがきた。そんな話題に俺はまったく興味がなかった。マヤは左後方の座席を見るように促す。なるほど、北村くんがアケミちゃんの頬を人差し指で突ついたりしている。くそう、いやらしくないふうに女子とスキンシップをはかりやがって。でも男子の方はちょっとだけエロいことを考えてるくせに。
高校時代を男子だけの環境で過ごした俺は、女子に気軽にボディタッチすることができなかった。
『あぁ、あの感じやとたぶん、旅行中にCまでいっとるで』
そんな俺でも口先だけなら、どんな大胆なことでも言うことができる。
『え、えーっ? そんなことまでわかるんですか?』
『うん、あの感じはすでに男と女の仲やな』
俺は真顔で言いきった。
『やだ。もう適当言ってるでしょ。雷同さんってなにが本気でなにがギャグだかわかりづらいよ』
マヤが大笑いしながら、俺の肩をポンポンとたたく。
俺は女子からのスキンシップに極度に弱い。この程度の接触で、彼女は俺のことが好きだから触ったんだろうか? などと自意識過剰気味な思い込みをしてしまう。
『ところで雷同さんは以前、どんな彼女とつきあっていたんですか?』
童貞であるにも関わらず、こんな質問をされてしまった。彼女がいたことがあるという前提で話をしてくれるのは嬉しいことだが、いくら自分に彼氏がいたからといって、他人もそうだと決めつけないでほしい。
『あ、あぁ……その質問がきたら、とは思っていたけど、前の彼女のことがまだ吹っ切れていなくて、人に話せるほど心が整理できてへんのや……』
『そうなんですか……つらいことがあったんですね』
うん、つらいことだよ。二十一年間、彼女がいないというのはつらいことだよ。
俺がしばらく口をつぐんで別の話題を振ろうと考えていると、聞いてもいないのに、マヤは高校時代の彼氏のことを話しだした。
『本当、ひどい男だったんですよ。デートのときに遅刻は当たり前だし、悪びれないし、私の女友達とも頻繁に長電話してたみたいだし……それでも私には一回も手をあげなかったから優しい人だったとは思うんだけどね』
やめてくれ……。
たのむから黙っておいてくれないか。
なにも君のことが処女だと思っていたわけではない。
思っていたわけではないのだが……。
俺は君への興味を完全に失ってしまいそうだよ。
バスの最後列では真田たちが、千葉県にある男根が奉られている神社の話で盛り上がっている。できれば今の地位を投げ捨て、そちらの輪に加わりたいくらいだよ。
たとえ、隣にイイ女が座っていても、恋と愛の違いについて論じたくなど……ない。
『俺が思うにやで、十代や二十代前半のつきあったとか別れたとかって、愛はおろか恋かどうかも怪しく、たんにサカリがついていただけやないのって思うねん』
ぶった斬ってしまった。
『さ、しみったれた話はやめて、血湧き肉踊るアクションでも見ようぜ!』
そう言って俺はYouTubeで、セガールのアクションばかりを編集した動画を再生し、有無を言わさずマヤの耳にイヤホンのかたっぽをつっこんだ。
マヤは不思議そうにきょとんとし、そして笑った。実年齢より低く見える幼い笑顔だった。
『雷同さんって、いくつになっても男子のままって感じがする』
そういうマヤは、俺が小学生の頃から思い描いていた不可解な女子像にぴたりとあてはまっていた。みずほとはタイプがまるで違う。
その後のバスでのことはあまり覚えていない。後ろ髪をたばねた精悍な男が暴れまくっていた記憶しか残っていない。
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