最終話 サキュバスキャンパス

 まぶたを開けるその前に、俺は現実に戻ってきたことを実感した。

 枕は俺の涙で濡れていた。布団のシーツは寝汗でびっしょり。左足がズキズキと痛むが、おそらく気のせいだろう。

 そして覚悟はしていたが、俺のパンツはぬっちゃぬちゃになっていた。俺が夢精させられる展開は予想していなかったので、オムツを履くことも、テルテル坊主をしこむこともしていなかった。

 夜中の三時。俺はパンツを脱ぎ捨て、洗面所に向かう。

 若い男がパジャマの上着にフルチン姿。これ以上なく犯罪的なスタイルだが、俺の部屋なので何人たりとも文句は言わせない。

 蛇口の水を全開にし、手洗いでぐわしぐわしと洗う。深町くんには悪いことをした。彼も今ごろはパンツを洗っているのだろうか? 彼の家は洗面所のすぐ側に両親の寝室があったので、バレずに洗うのは至難の技だろう。

 鏡の中の自分を見る。たくさん泣いたせいか目のまわりが腫れてひどい顔になっていた。

 と、鏡のすみにサキの顔が一瞬写り、すぐに消えた。

 ん? 今のはなに? ホラー的ななにか? よほど淋しい俺の深層心理によってうつしだされた幻影なのかしら?

 頭を冷やそう。顔をじゃぶじゃぶと洗い、面を上げると、今度はサキュブスの顔がはっきりと写っていた。

 ないわ。

 素早く後ろを振り返ると、サキュブスが立っていた。そして、その背中に寄り添うようにサキがモジモジとしている。

「えっと……なに? なんで?」

 俺は失笑することしかできなかった。

「先輩、ホラ!」

 サキュブスがサキを前に押し出す。

 よろけたサキの鼻の頭が俺にぶつかりそうになる。

「えと……なんか忘れ物?」

「最後にカッコつけられてムカついてますぅ! 素人童貞のぶんざいで生意気ですぅ!」

 サキは背伸びをし、俺の鼻に噛み付きそうな至近距離で吠えた。

「な! わざわざもどってきて、言うことは悪口か!」

「だから、もう少しだけつきあってあげます!」

「は?」

「雷同さんが童貞を真の意味で卒業するまで、つきあってやると言ってるのです!」

「お、それは、まぁ……」

 自分の気持ちには整理がついたのに、これは、喜んでいいことなのか?

「それに……一瞬でもキュンときた自分が許せないです」

 うつむきながら小声でつぶやくサキ。こいつ、可愛いじゃあねえか。

「セットといってはなんですが、今なら後輩もつけてサポートします!」

 照れながらサキュブスが前に出て、ペコリと丁寧にお辞儀をした。

「えー、それやったら、ええわ。部屋がせまくなるもん。他にも深町とか片桐とか、エリート童貞がいっぱいおるやんけ。そいつらをサポートした方が勉強になるやろ?」

「勘違いしないでください! これは提案じゃなくて、決定事項なんです。悪魔との契約は絶対なんですからねっ! たとえそれが口約束であっても、絶対の絶対なんですぅ!」

 サキが滲みよる。顔が真っ赤なのは怒っているのやら恥ずかしがっているのやら。

「はいはいはいはい。どうぞ、お好きにしてくださいな」

 そうして俺たちの奇妙な共同生活は再開した(一人増えたけど)

「やっぱり大学だけだと出会いの幅が少ないから、アルバイトを始めるべきだよねー!」

「先輩、今は出会い系アプリがたくさんあるみたいです。こういうのワクワクする。登録させちゃいましょうよ」

 女悪魔二人がはしゃいでいる。その姿はまるで女学生そのものに見えた。

「あー、お二人さん。今、夜中の四時だから、ちょっと声量下げて。つーか、寝かせて」

 あきれた顔でたしなめながら、俺は思う。

 これからの大学生活。まだまだ退屈しなくてすみそうだ。


         完

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サキュバスキャンパス 大和ヌレガミ @mafmof5656

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