第50話 雷同さん、介錯します
「ん? 誰だ、あんた? チェンジで、チェンジで!」
「な! 他人の夢に干渉してきて、失礼な人間!」
「だって、さっきのアラフォーのときのが美人やったし、なんかなぁ、テンション下がるわ」
「な、なにを! 肌だけはピチピチとしているんだから! 肌だけは……言ってて悲しくなってきた」
見知らぬサキュバスはガクンと落ち込んでいた。やっぱり俺の毒舌はまだまだ健在のようだ。
違う違う。こんなやりとりをしている場合ではない。苦労して張り込んだというのにサキには会えなかった。
今までの、俺の予測は外れていたのか?
いいや、前回の鳥羽のときに現れたクロエ・グレース・モレッツはサキで間違いない。
ならばいったい、サキは、どこで? どこに?
俺の後頭部から炸裂音が鳴り響いた。
おそるおそる振り返ると、そこにはハリセンをもったサキが立っていた。
「なにしてるんですか。雷同さん」
「サキーッ!」
俺は嬉しさのあまり抱きつこうとした。が、闘牛士のように避けられ、押し入れのふすまに突っ込んでしまった。
「先輩、人間にたいしてアダ名なんてつけさせたのですか? 気を許しすぎなのでは」
「後輩、覚えておくですぅ。人間のことを知らずに、臨場感ある夢を見せるなんて不可能ですぅ」
なるほど、六十二点のサキュバスはサキの後輩だったのか、つまり今日は夢精の研修を行っていたのだろう。
「おい、お前、サキの後輩か! モブキャラのくせに顔をつっこむな。ブスのサキュバス。略してサキュブスのくせに」
「な! 人間ごときのくせに!」
後輩だと知った瞬間、露骨に毒舌になる俺。自分でもいい性格をしていると思う。
「サキ、俺はお前にたいして謝らなきゃいけない。マヤとズッコンバッコンにヤリまくっているだなんて見栄を張ってしまったが、あれは大嘘なんや。俺は年上の風俗嬢にみさおを捧げてしまった素人童貞。どっちつかずの中途半端な存在なんや!」
サキュブスが憐れむような顔で俺を見ている。そしてサキはといえば、怒っているわけでもなく驚いているわけでもなく、ただただ無表情だ。
「……あ、うん、そう」
「え? それだけ? 頑張って謝りにきたのに、もっと他になんかないの? 泣くとか怒るとか、逆に笑うとか」
「いいええ。怒らないですぅ。ヤリまくっているわりにはマグロだったし、どっかで手っ取り早く捨ててきたのかなって、後になって気がつきました」
「あ、そっか、バレてたんや。せっかくここまで来たのに……取り越し苦労やったな」
「雷同さんの用って、それだけ?」
サキと目が合う。普段と変わらない目つきなのに、突き刺さるように痛い。今すぐにでも目を覚ましたいくらいだ。
「あ、うん、そんだけ、じゃ、おいとまします」
よろよろと俺は窓をあけ、ベランダの縁の上に立ち、大空に向かって、あらん限りの力でジャンプした。
埼玉に着くまではドラゴンボールの主人公ばりに飛べていたというのに、現実感が強くなっているせいだろう。俺の思惑通り、落下した。
聞いたこともないような鈍く乾いた音が響き、夢の中とは思えないリアルな激痛が左足に走った。うそん。地面にぶつかる寸前に目覚めるものだと思っていたのに、なかなか目覚めない。足が痛い。死ぬほど痛い。殺して。
翼を広げたサキとサキュブスがベランダからゆっくり降下してきた。羽が黒いのでどう考えても天使ではなく、悪魔そのものだった。
「お、お前ら、その羽、飾りやなかったんやな」
「あーあー、左足、変な方向に曲がってますよ」
足を見ると、俺の左ヒザから下は逆方向に曲がっていた。
「う、うぉっ! キモッ! 肉突き破って骨出とるやん! お前ら、ベホイミとかケアルとかは使えへんのか? ディアラハンとか?」
「使えたとしても、使いませんよ。バカなことばかりして」
サキは俺を仁王立ちで見下ろしていた。逆に初対面のサキュブスの方がおろおろと心配している。
あてが完全に外れた。落下の恐怖感で目覚める予定が、今だ俺は夢の中。あげくに激痛に顔をゆがめている。
「いいんですか? 先輩、ほおっておいて」
「いいんですよ、後輩。この人、バカばっかりしてまわりに迷惑かけまくってるんです。ほっといてクレープでも食べに行きましょ」
そう言いつつ、サキはその場から離れない。軽蔑と憐れみをふくんだ目で俺のことを直視している。
「お前、忘れたんか? 約束したやんけ。童貞卒業までサポートするって! あの言葉は嘘やったのか? いまの俺は素人童貞。人として不完全な、半童貞みたいなもんや。一人前になるまでプロデュースしてくれへんのか?」
足の痛さのせいもあり、俺はぼろぼろと涙を流しながら叫んでいた。
「な! そんなの雷同さんが安易に風俗に行くからいけないんじゃないですか!」
「風俗でプレイを受けたところで、通過点に過ぎひんねん! いっしょに感動できる夜明けを! 真のエンディングを見ようやないか!」
俺が言いたいのはそんなことか? いや、ちがう。俺がサキに伝えたいのはそんな言葉じゃない。俺が彼女に伝えたかったことは……。
「悪い。今のは忘れてくれ。一人で頑張って好きな人を見つけ、なんとかやっていくよ。今まで本当に楽しかったわ。じたばたすることの尊さを教えてもらった気がする。ありがとう。さようなら。お前と過ごした日々は忘れないよ」
痛みと涙をおさえこみ、俺はなんとか笑顔を作った。たぶん、失敗したと思う。笑顔には見えなかったと思う。
俺は両手と右足を動かして、地べたを這いながら移動した。焼けたアスファルトが熱い。砂利が手のひらに食い込んで痛い。なにより左足が猛烈に痛む。天国でも地獄でも現実でもない場所。俺はどこに向かっているんだ?
いくら手足を動かしても、ほとんど前に進めない。
「雷同さん、介錯します」
突如、サキが俺の体をあおむけにひっくり返すと、俺のベルトをゆるめズボンを膝までおろした。
「え? ちょ、なに? なんなん?」
そして俺のペニスを握ると、強引に手コキをし始めた。
「え? 手コキ? ちょっと乱雑じゃない? もっとやさしく……」
「後輩、サポートはまかせたですぅ。雷同さんの乳首を攻めてあげるですぅ」
サキュブスが俺のTシャツを肩までまくりあげる。
「ちょ、やめ、大丈夫ですから! ことたりてますから! ぬ、うぐ、ずぉぉぉ!」
俺の頭が真っ白になった。
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