第49話 枕の横に箱ティッシュ

 俺が降り立ったのは埼玉県の蕨(わらび)というところだった。現実感のある日本の風景の中では、飛べる気がまったくしない。地に足がついているとはまさにこのこと。もう空を飛べるとは思わなくなっていた。

 なので地道にJRに乗り、南浦和でいったん乗り換えて、南越谷からはタクシーを使って深町くんの家までたどり着いた。

 深町くんの家は立派な一軒屋だった。小さいながらも庭には池がある。インターホンを鳴らすが誰も出ない。携帯にかけてみると、家にいるという、居留守を使いやがって。

「ぼくにはうちに来る友達なんていませんので。まさか雷同さんが急に訪ねてくるとは思いませんでしたよ」

「急に? お前、珊瑚の森からどうやって出れてん?」

「?」

 どうやら前の夢の記憶はすっぱりと忘れているようだ。

 俺は二階の深町の部屋にあがらせてもらった。

「ちょっと飲み物を用意してきますね」

「いや、そんなことより押入に待機させてほしいねん」

 謎な俺の要求だったが、俺の顔が真剣だったせいか、深町くんはすんなりと了承してくれた。

「そうそ、君にはこれが必要やな」

 俺は押入の布団を出し、旅館の女中のように、畳の上に布団をセッティングし、枕の横に箱ティッシュをおいた。

「ええか、このまま、部屋で待機してたらな。なんの脈絡もなく急に女が訪れるだろう。お前はそれを拒むことなく、受け入れるんやで。俺のことはいないものとし、気にせずズッコンバッコンやっちゃってええから」

 そして俺はドラえもんのように内側から戸を閉めた。

 押し入れの中はカビくさく、生温かった。座布団にもたれながら待機していると、だんだんと眠くなり、メトロノームのように首がカクンカクンと揺れてきた。

 や、やば。ここで眠ると現実に戻されてしま……。

 急に女の喘ぎ声が聞こえてきた。

 隙間からのぞくと深町くんが騎乗位でいたしている最中だった。鳥羽のときはクロエ・グレース・モレッツの姿だったらしいが、今回の女は推定四十過ぎの美魔女だった。

 深町のやつ、熟女が好きだったのか。そりゃ大学で彼女なんかできるわけがないわ。

 俺のヨミが正しければ、あの美魔女がきっとサキだ。

 だが、射精するまで待ってあげるのが人としての優しさ。

 俺は深町くんが射精するのを待った。

 体位がずっと騎乗位のままで、エンタメ性に欠ける退屈な性交だったが、待った。

 やがて深町くんが絶頂に達すると、GANTZの転送シーンみたいに、体の断面を見せながら、消えていった。

「サキ! やっと、やっと会えた!」

 俺は押し入れの戸を思いっきり蹴破った。思いのほか大きな音が立ち、自分でも驚いた。

「え? なに? 誰?」

 美魔女姿のサキは急いで体をシーツで覆った。

「やっと会えた! サキ! サキなんやろ? そのアラフォー姿やとしゃべりにくいから、元の姿に戻ってくれよ! さぁ、早く!」

 シーツを引きはがしながら俺は叫ぶ。

「ちょっとちょっと? 勘違いしてますよ!」

 アラフォー女が指をパチンと鳴らすと、そこには二十歳くらいのサキュバスがいた。ただし、顔の点数は甘めに見ても六十二点といったとこだった。

「ん? 誰だ、あんた? チェンジで、チェンジで!」

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