第26話 ヘルニアになってしまうほどに見事な空振り

 ザン!


 突如、衝撃音とともに、腰に鈍い痛み。俺は自室の天井を眺めていた。

「はいはーい。ゲーム終了ですぅ」

 サキが手をパンパンとたたきながら、俺の顔をのぞきこむ。どうやらベッドから転げ落ちてしまったらしい。

「なんや……中断してしまったか、最後までしゃべっていたら絶対にいけていたのに。おしかったな、クソ! やっぱベッドに柵つけとかなあかんな。あー、おしかったなー」

「なに言ってるんですか! まったくボールにかすりもしませんでしたよ。ものの見事な、三振ですぅ!」

「三振とな……だが、それでも俺は後悔してへんぞ。少なくとも俺はバットを振った。命のあらん限り、力強くな!」

「はい、見事な空振りでした。ヘルニアになってしまうほどに見事な空振りだったです」

 い、言うなぁ、お前……。

 えぇ、ちょっとばかしムカついてますから。

「そ、そや。それで、みずほが見ている夢はどうなったん? まだ、彼女は夢を見ているんか?」

 ふたたび、やり直しがきくのなら、今度こそ、俺は……。

 サキは目を閉じ、人差し指を額に当てた。

「どうやら今は別の夢を見ているみたいです。朽ちたお地蔵様をカラースプレーで着色していますね」

「どんな夢やねん。って、夢って本来そんなもんか。で、さっきの夢はどう終わったん?」

「雷同さんが目覚めたもんだから、電話を切られたと思ってます。で、何度電話をかけ直しても雷同さんは不在。しびれをきらした彼女は他の夢に旅立ってしまいました」

「なんやねん、それ……最悪やんけ、俺」

「失敗は成功のもとっていうけれど、失敗は失敗ですよねっ!」

「もうなにも言うな! もう寝る! これ以上、変な夢見させるなよっ!」

 俺は掛け布団を頭まですっぽりかぶった。

 一度寝ているにもかかわらず、すぐに俺は眠りについた。


 次の日、昼過ぎに起きた俺はみずほに電話をかけてみた。

 五コールめにして、みずほは出た。

「昨日の今日で電話がくるとは思わなかった。うん、なに?」

 ちょっと、そわそわとしていて普通ではない。みずほの口調から困惑しているように読み取れる。ということは、俺と同じ夢を見ていたことは信じるべきだろう。

「お前、昨日、変な夢見たけ?」

 ひとまず、軽くジャブを放ってみよう。

「へ? あ、うん。み、見たけど。変な夢だったよ。なんだかわかんないけど、お地蔵様をラスタカラーに着色していたよ」

 そっちの夢を持ち出しやがったか、電話の向こうではテレビの音がうるさい。

「そんな夢を見たんかー。お前のとは違うけど、俺も昨日変な夢見たわ」

「え? どんな夢? どんな夢なの?」

 過剰に食いついてきた。やっぱり、こいつも気にはなっているのだろう。

「昨日の昼間、バッタリ会ったせいかな。夢の中にお前が出てきたわ」

「え? 私が出てきたの? なにか失礼なことを言ってた?」

「うん、いろいろと言われたわ。俺としては謝って欲しいくらいやわ」

「なんで私が謝らなきゃならないの! 雷同が勝手に見た夢じゃない!」

「的確なツッコミありがとう。夢のことはおいといて、近々ちゃんと会えへんかな?」

「……んー、最近ちょっと忙しいんだよねー」

 言いよられる。もしくは非難されるのがわかっているのだろう。躊躇しているようだ。

「どうしても会いたいんやけどなー。電話ではわからんけど、俺、今、土下座してるで。フローリングに額を押しつけてキュッキュて音鳴ってるの気づかへん?」

 雰囲気が重くなるのを避けるために、俺は冗談めかして言った。

「絶対、うそ! でも、そこまで言うのなら……日曜日の昼、少しの時間ならいいよ」

 なんとか首の皮、一枚つながった。

 会う約束をとりつけた安堵感とともに、じたばたと執着している自分をみっともなく思う気持ちもあった。

 こんな恋愛、全然スタイリッシュではない。

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