第27話 戦略的な現状維持なんだぜ

 そして日曜の昼、俺は待ち合わせ場所に十分前についていた。

 指定の場所はS駅南口。噴水付近。みずほとは待ち合わせに使ったことのない場所だった。

 サキは家に置いてきた。

 私が行かなければ、誰が雷同さんの屍を拾うんですか! などと不吉なことを言ってくれたが、告白の場に他の女を同伴するバカがどこにいる?

 ごねるサキには、プレステ4のホライゾンゼロドーンというゲームをやらせてみたところ、ものの見事にハマってしまったので、隙を見て家を出た。

「あ、もう来てたんだ。電話くれればよかったのにー」

 振り返ると、みずほがいた。

 ボーイッシュな服装に茶色のショートカット。よくよく考えれば、俺が知っているだけでバージョン3に該当するな。イメージがころころ変わる。頑固な印象があったけれど、案外、まわりに左右されやすい性格なのかもしれない。

「で、どう? とりあえず昼飯でも行かへん?」

 時計は十二時ジャストだった。

「ごめん、この後、ご飯行く約束してるんだ。だから、お茶くらいにしよ?」

 近くのコーヒーショップに俺たちは入った。

 店は混雑していてうるさかったので、窓際のカウンター席にならんで座った。

「で、雷同は最近、どんな感じ?」

「一時期、引きこもりがちになってたけど、最近、やっと電車に乗れるようになった。リハもかねて大学に通ってるわ」

「雷同でも落ち込んだりするんだねー。ちょっとショックだ!」

 アイスティーの氷をストローでかき鳴らしながら、みずほは笑う。

「強い心が、欲しいけどな……で、みずほは今どうやねん?」

「私? 毎日がバラ色って感じ」

 バラ色……だと?

 世の中を斜に構えていたみずほの口から『バラ色』だなんて前向きなフレーズが飛び出てくるとは、外見だけではなく、内面も変わってしまったのかもしれない。

 これはいきなりピンチだ。

 俺は今も変わらず、お前のことが好きだから、つきあってほしい。

 そんな告白をするのにはむいていない状況だ。

 はっきり言って場違いですらある。

 雨に濡れていてくれれば、遠慮なく傘を差し出せるのに、バラ色だなんて……。

 それでも俺は切り出さねばならない。時間は無限ではない。

「あのさ、大事な話があるねん。聞いてくれるか?」

「急にかしこまっちゃったよ。苦手なノリだな」

 俺は手のひらをヒザに置き、みずほの方向に身体をむける。

 みずほも俺にあわせて手をヒザに置き、困ったように笑う。

「恥ずかしくて言いにくいんやけど……また、昔のように、仲のいい友達としてやっていけへんやろうか?」

 ……俺のことをヘタレだと思うだろうか?

 今、この状況で愛の告白をしても、そんなものは自己満足の蛮勇に他ならない。

 だから、これは……戦略的な現状維持なんだぜ。

「もう、あの時のことは吹っ切れたの?」

「はは、あれから何ヶ月経ったと思ってるねん?」

 大嘘だ。未練復活ズルズルだ。

「そっか、ならいいよ」

 含んだ意味など何もない、満面の笑顔だった。

「あー、よかったー。大学の中でも話しの合うやつがおらへんでさー」

 警戒心を持たせないよう、下心はここぞというチャンスが来るまで隠しとおさねばならない。

 それから俺たちは世間話をした。芸能人のツイッターによる失言話で盛り上がった。

 大学の根津や真田と話しているより、よっぽど楽しい。もし、こいつとつきあえたなら、くだらないゴシップニュースで嫌なことを忘れていけるのだろう。

 時計の針が十二時三十分をさし、みずほが席から立ち上がった。

「やば! もう、こんな時間!」

「そっか、約束があるんだっけ」

「じゃ! 彼氏を待たせてるから行くね!」

 みずほは引ったくるようにバッグをとり、自分のトレーをそのままに、振り返ることもなくダッシュで店を出ていった。

 ……む?

 あれ?

 あれれれれ?

 彼氏?

 そんなことは聞いていなかった。

 そんなことは一言も聞いていなかったぞ!

 俺からも質問しなかったけど。

 あれから数か月経っている。そりゃ彼氏の一人くらいいても、おかしくはないさ。

 彼女の去ったテーブルを恨めしげにじっと見てみる。グラスの中にはスプーンやストローがささっていた。

 みずほ使用のスプーンやストローを使って、自分のキャラメルラテを飲食してみる。間接キスというやつだ。あほか、ボケ。なんとも思わへんわ。みずほはそりゃあもう、間接キスどころか、もっと凄まじいことをしているに違いない。

 おそらく、もう処女ではないだろうに。彼女のことを愛せるのだろうか?

 現在進行形で、自分以外の他の男と性交しているような女。そのことを意識せずに、普通にしゃべることができるのだろうか?

 キャラメルラテをストローで底まで飲み干すと、トレーを返却口に置き、店の外に出た。

 そこには俺のよく見知った顔があった。サキが立っていたのだ。

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