第28話 その間、ずっと彼氏のノロケ話を……

 そこには俺のよく見知った顔があった。サキが立っていたのだ。

「お前、いつからここに?」

「雷同さんたちが店に入ってすぐです。正直、箱庭アドベンチャーよりも人間くさい雷同さんを見ているほうが面白いのです」

 首を傾け、ニコリと笑う。天使のような笑顔だった。傷ついた俺はエナジードレインのことも忘れ、抱きしめたい衝動にかられた。

「だいたいの状況は把握しているんか?」

「はい。なんてったって、デビルイヤーは地獄耳ですぅ!」

「そっか。そうゆうことか。お前の前でカッコつけることなんてできないってことか」

 なんだか俺はおかしくなり、大きく笑い声をあげた。まわりの人間が怪訝な目で見るほどに。

 お腹が空いたので昼飯を食べにいくことにした。

「わっ。いいですよう。サキュバスは食事を必要としないのです。精気だけ吸ってれば死ぬことはありません」

「味覚はあるん?」

「ええ、いちおう」

 西洋の悪魔なので、パスタなどはどうかと思ったが、たまたま通った博多豚骨ラーメンの前でサキは立ち止まった。

「なんだか不浄な死肉を限界まで煮込んだ、背徳的な匂いがするのです」

 ずいぶんと食欲の失せる表現をしてくれたが、豚骨ラーメンは俺も好物だ。カウンター席にサキと二人、ならんで座った。厨房が近いせいなのか、店内は暑かった。汗と鼻水にまみれながらラーメンをすすった。

 サキはラーメンの味はもとより、細長く切った固形物を箸でつまみ、それをすすって食べるという一連の流れに感動していた。

「これは、他の食べ物とまるで違います。食事というよりはもはやアトラクション! た、楽しい!」

 喜んでくれて、なによりだ。それにしても……

「彼氏がおるんやってさ。ダサかったかな? 俺……」

「はい。期待を裏切らないお約束的な展開に爆笑してしまいました」

「な、お前。ちょっとは歯に衣着せろや」

 ムカついた俺はテーブルの上の辛子高菜をサキの丼にぶちこむ。

「でもさ、でもさ! 逆にチャンスやと思わへん? たえず連絡をとり、彼氏の愚痴なども聞くような関係になり、彼氏と喧嘩をして落ち込んでいる隙に乗じて、あわよくば!」

 サキはつまんだ煮玉子を持ち上げながら、口をぽかんと開けていた。

「ん、ん……。ピンとこなかったかな。じゃあこの話でどうやろ? アーサー王物語で、ランスロットとガウェインという二人の騎士が戦うんだ。ガウェインは日中は普段の二倍の力になるという強敵。ランスロットは盾を構えて防戦一方。戦いは数時間に及んだが、日が沈み、ガウェインが弱体化したすきにランスロットは猛然と攻め、見事に勝利をつかんだという」

「どう? って顔をされても……騎士たちの戦いは一日で終わりましたが、雷同さんの戦いは少なくとも数ヶ月、場合によっては数年の長期戦になるかもです。その間、ずっと彼氏のノロケ話を聞かされたりするのですよ! 耐えられますか?」

「……」

「悪いことは言いません。保留しましょうよ、ね」

「……」

 返事をする代わりに、俺は百円玉を二枚取り出し、替え玉を二つ注文した。

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