第25話 この人のしゃべってること、すごく胡散臭い

 俺は生まれて初めて異性に告白をした。

「……」

「なんか言うてくれよ……」

「……あー、そういうふうに私のこと思ってたんだー。ごめん、ぜんぜん気がつかなかった。本当にごめん!」 

 俺はショックだった。ショックを受けているはずなんだけども……。

 想像したほど落ち込んではいなかった。

 それ以上に別の感覚が押し迫ってきたのだ。

 このシーンって前にも見たことがある?

「パンパカパーン! おめでとーございまーす!」

 そのとき、脳の中にアホみたいな声が響き渡った。

 その声には聞き覚えがあった。サキの声だ。それで俺はすべて理解した。


「そう、夢の中で夢であることを理解した雷同さんは、自分で選択し、行動できます。本来むかえるはずのバッドエンドを回避してください!」

 バッドエンド……だと? もうエンディング間際の状況なのに、ここから回避できるのか?

「もしもし? 雷同、聞いてる?」

 みずほの声。そうだ、電話はまだ繋がっている。

「ん、おう、聞いてるよ」

 俺はいらだたしげに返事をした。一度、みずほに振られている俺はまるで緊張しない。

「さっきの告白はあっさりとしすぎていたわ。もっぺんやりなおさせてくれ。ええな? 嫌とは言わせへんぞ」

「う、うん。気のすむまでどうぞ」

 俺は考えた。先手必勝という言葉がある。俺のことを兄貴として見ていたのなら、その発言が出る前に潰してやる。

「俺も最初はお前のことを妹みたいに思っていてん。京都の実家には一才下の妹がいてな。いつも仲良く喧嘩ばかりしていた。みずほは妹に……似ていたんだよ」

「あれ、雷同って兄が二人じゃなかった?」

 今までの長電話で、家族関係の話をしていたのを忘れていた。

「あ、あぁ……言い方が悪かったぜ。わけあって親戚の女の子を、うちの家で引き取って、いっしょに育っていたんだぜ!」

 無理のある言い訳だが、なんとかしのいだだろうか?

「そんなこんなで、ずっと妹みたいに思っていたのだけど、いつしか異性として意識するようになってしまったよ」

「え? それは親戚の子の話?」

「ちゃうわ、お前の話や!」

「そんな怒鳴らなくっても……そっか、私のことを妹みたいに思っていたんだ。なんだか奇遇だね、ちょうど私も……」

「知っている。お前も俺のことをお兄ちゃんに重ねていたことはとっくに知っている」

「え? そうなの? 超能力者? そもそも兄貴がいることなんて話したっけ?」

「そんなものは言わなくてもわかる。言葉がなくても心はわかる。俺と兄貴に重なる部分が多いことで、俺とつきあうことを躊躇していることまでもな!」

 俺は断言した。迷っている人間には乱暴に断言することで、心のぶれをなくしてやれと、コンビニで立ち読みしたモテ本にも書いてあった。

「え? そうなの……かな……」

 効いてる。効いてる。

「うん、そうなのです。兄貴的な人と交際して手をつないだり、キスをするのは全然ありやと思います。むしろ、微笑ましいと思うな、うん」

「微笑ましいのかなー。なんか抵抗あるんだよねー」

「……」

「……」

「だめ?」

「うん」

「よし、じゃあ、こうしよう。恋風という漫画があるんやけどな。知っているか?」

「どっかで聞いたことあるような……いや、やっぱ知らない」

「知らへんか。いまやとブックオフで百円で買えるわ。内容はな、三十才くらいの独身男がひょんなことから血のつながった妹、しかも女子高生と出会うねん。ないやろ? いっしょに暮らしているうちに、二人はたがいを意識しあうようになる。けれどもそれは許されることのない禁断の愛。どうなる? 二人はどうなる? 『俺、コンドーム買ってくる』兄貴は決断し、ラストで二人は結ばれるねん」

「結ばれちゃうの? そんな終わり方でいいのっ?」

 電話のむこうで、エホエホとむせる声が聞こえた。

「うん、いいんです! 若い二人は突っ走っちゃっていいんです!」

「……えーっと、つまり雷同の言いたいことは」

「うん、だいたい察してくれたかな」

「兄貴とつきあえって言ってるの?」

「違うわ! うーんと、ややこしかったかな。血のつながった兄と妹ですら結ばれてるんやから、ただの兄貴的存在の俺とつきあうことなど、社会的な障害もないし、楽勝? いいんじゃない? これってかなりめぐまれてるんやないの? 俺とみずほがつきあったら周囲から祝福されると思うで」

 恋風を肯定する方向から一変、否定する方向からのアプローチ。

 自分でも自身の発言をこう思う。この人のしゃべってること、すごく胡散臭い。

「たしかに世の中には、兄と妹や、姉と弟みたいなカップルが沢山いるのはわかるけど……」

 みずほの声のトーンが落ち着いてきた。俺の案に耳をかたむけつつある。よし、あと一押しだ。

「そう、だから俺がお前のことを好きなように、お前も俺のことを好きになってほしいねん」

 再度ぶつけた告白。男らしい告白。今度こそはいけそうな気がする。

「うん、わかったよ」

 よし、いけた。これで俺は生まれて初めて異性とつきあうことができる。

「じゃあ、とりあえずは友達からってことで」

 なんじゃそりゃ? 俺の頭に血が上った。

「だーかーらー! 友達からってなんやそれ? そんなん今までとなんにも変わらんやんけ! わからんやっちゃーのー!」

 俺は左手で電話を持ちながら、床をじたばたと転げまくった。

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