第22話 いつのまにか金に近い茶髪になっているのだ
そんな俺たちの絶妙なバランスが傾き始めた。それは十一月半ばのこと、冬の到来を予感させる肌寒い季節だった。
クリスマスが近づくことで、急に恋人が欲しくなったわけではない。俺は世間のイベントごときには影響をうけない男だ。
寒くなってきたことで、人肌のぬくもりが欲しくなったわけでもない。その時の俺には人肌の気持ちよさなどわからなかった。
じゃあ、恋のライバルの出現? いいや、同じ大学に通っていたり、バイトが同じならともかく、俺とみずほは点と点のつながりだった。つねに二人だけの世界を構築していて、互いの友人を紹介しあうこともなかった。
では、みずほを意識しだしたキッカケはなんだ?
至極、単純な理由だった。自分でも嫌すぎるくらいに動物的なキッカケである。
みずほを異性として意識し始めた原因……それは彼女がパンツを履くのをやめ、短めのスカートを履くようになったからである。
それによって、デートの時、ベンチにならんで座ったりしても、ついつい太股をガン見してしまい、会話がおろそかになったりした。十秒以上、視界に生足を入れ続けることによって、邪念が沸き起こってくるのだ。
肌の露出面積が激増しただけで、化学反応を起こしたかのようにメロメロになってしまう俺。時おり、無意識に敬語を使ってしまっている俺。
男として、人として問題があるだろう。
夏場のみずほは野暮ったいカーゴパンツを履いていたくせに、涼しくなってからミニスカートを履くなんて、逆だろう。
しかもミニスカだけではない。出会ったときは、ほとんど手入れしていない黒髪を後ろで結わえただけだったのに、いつのまにか金に近い茶髪になっているのだ。しかもほんのりパーマをあてていやがる。
「女子大生のキャバ嬢化というタイトルで、レポートでも書かされてるんか?」
当時、このセリフを何度飲み込んだことやら。
キャバクラでバイトをしている疑いをもったりもした。が、夜に電話をかけてもたいていつながる。仮に電話に出なくても、十分以内にはかけなおしてきた。キャバクラでバイトしていたら、そうはいくまい。
ならば髪型や服装の変化はいったいどこから?
考えられる可能性としては、つきあい始めた彼氏に服装の趣味をあわせた。もしくは好きな男性ができ、急にお洒落を意識し始めたとか……。
ずっと楽しい関係を維持できると思っていたのに……異性の影に俺はおびえだした。
そんなタイミングで真田のこんな身の上話を聞いてしまったのだ。
「……でね、仲のいい女友達がいたんですよ。いつ告白しようかって思いながら、友達関係を続けていたんですけど、ある時、会話をしてたら『彼氏』というフレーズが出てきたんです。そのことに突っ込んでみたら『あれ? 言わなかったっけ?』ですよ。『そんな大事なことは一言も聞いていない』と強く言っちゃったんですけど『今、教えたからいーじゃん』とやりかえされまして……戦わずしてハートブレイクです。金と時間を返せと言いたいですよ。え? 今ですか? 今は……まぁ、友達関係は続けてますよ。今では彼氏にたいする愚痴を聞いたり、相談にのったりしつつ、彼氏と別れるのを根気強く待っています。な、なんですか、その目は……や、やめてくださいよ! そんな憐れむような目で僕のことを……うわあああ!」
まったく応援する気になれない真田の恋であるが、もはや他人事ではない。俺自身ボヤボヤしていると第二の真田になってしまうかもしれないのだ。
告白するよりも告白されるほうが理想なのだが、もはや受け身でいられない。
一度たりとも告白したことのない俺が、告白をする必要にかられているのだ。
その電話の内容はよく覚えている。
それは十二月上旬のことだった。クリスマスまで一ヶ月を切り、俺の気持ちが焦っていたのかもしれない。
話題はみずほの大学の友人の恋話だった。
その友人はバイト先のミスタードーナツの店長に片思いをしていた。みずほも一度そこのミスドに客として潜入したことがあるのだが、店長はドーナツの食べすぎで小太っちゃたような中年で、気の弱そうな小男でもあった。
「同年代にいくらでもかっこいい男がいると思うんだけど、なんであんな中年なんだろう」
「まぁ、ミスドの店長ってポジションが、女子校の教師と同じく、現実にあり得るギャルゲーの主人公的なポジションやからな。女性バイトに囲まれていたら、一人ぐらいフラグが立ってもおかしくはないやろ」
容姿がしょぼいだけならまだしも、店長は概婚者で妻は妊娠中。にもかかわらず友人はその店長と平日夜にデートを重ねたりしているという。
「あの……一つだけ聞きたいことがあるんやけど、二人は……その……行為をいたしているんですやろかいな?」
緊張のあまり、変な敬語になった俺にたいし、みずほはあっけらかんとした口調で返した。
「ん? セックス? ハッキリ聞いてないけど、ヤッてんじゃないの? あれだけ年が離れていたら、話題も合わないだろうし、他にやることないでしょ」
そう言って、みずほはガハハとオヤジのような笑い方をした。
こいつ……処女と違うんかな? 動揺した俺は思わず電話を切ってしまった。みずほとは性的な会話をしたことがないので、免疫ができていなかったのだ。
すぐに電話のコール音が鳴り、我にかえった俺は急いで電話に出る。
「あぁ、ごめんごめん。なんか最近、うちの家、電波悪いねん」
「ほんとにー? 今までそんなこと一度もなかったじゃん」
「……なんやろな。バッテリーが弱くなってるんかな。まぁ、細かいことはええやろ。気にすんな、ボケ。それより他人のコイバナはともかく、お前はどやねん? もうじきクリスマスやぞ。彼氏とかできてへんのけ?」
なぜだか俺はキレ気味に質問した。
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